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暗すぎ

 千晃との会食から1週間ほどすぎた。その間、2人の空きが重なる日もあったのだが、千晃がジムに現れることはなかった。おそらく、急患だったり、別の用事が入ったりしたのだろう。必ず会えるわけではないので、気にしないようにしていた。  いつものようにサウナに入り、入浴を済ませてから家路に着く。誉は車を所有していないので、移動はもっぱら徒歩か公共交通機関だ。ジムが最寄り駅から歩ける距離にあったのは幸運だった。いつも歩いて駅に行き、そこから電車で帰っている。毎回、千晃が送ると申し出てくれるのだが、その度に丁重に断っていた。遠回りさせても悪いし、住所がわかるのを避けていたからだ。  しかし、この前の突然の訪問で住所が千晃に知られてしまった。車ならジムからそこまで遠くないので、これからは無理やりにでも送られる予感がする。  駅のホームに着くと、ちょうど目的の電車が滑り込んでくるところだった。電車は会社帰りの人たちで少し混み合っていた。誉は車両の中ほどに立って、電車に揺られながら窓に映った自分をぼうっと眺めた。服装にも無頓着だし、良く見せようと何か頑張っているわけでもない。そこら辺にいそうな30代手前の男の顔がそこにある。  こんな()えない自分が。本当に千晃へ想いを告げていいものだろうか。  千晃にキスをされそうになって、少し浮かれていたのかもしれない。釣り合う人間になる云々(うんぬん)の前に、もともとある自分のスペックの低さを思い知る。  病院で見かけた時の、キラキラとしたオーラーを放っていた千晃を思い出す。あの隣に、なんの取り柄もない、しかも男でもある自分が並んで立つことなんてできるのだろうか。  暗すぎ、俺。  なんだかいつもより気持ちがネガティブな方向へ向かっている気がする。  原因はなんとなくわかっていた。とどのつまりは。千晃と会えなくて寂しいのだ。会えないから考えなくていいことまで色々と考えてしまう。  誉は無理やり考えを前向きに持っていった。  またきっとすぐ会える。とにかく今は、自分にできることを精一杯すればいいだけだ。  そう思い直すと、(かばん)の中から参考書を取り出した。いつでも勉強できるように、何冊かを持ち歩くようにしているのだ。しおりを挟んでおいたページを開く。そこにあるセレプト請求についての項目に、意識を集中した。

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