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何かがおかしい
誉に会いたい。その気持ちが抑えきれず、レストランを出たその足でジムへと向かった。急患などが立て続けに入り多忙を極めていて、ここしばらく誉とは会えていなかった。気づけば誉と最後に会った日から1週間以上が経っていた。
会って今夜のことを報告したい。そう思いながら、馳 せる気持ちでジムの駐車場から受付に向かった。いつでも行けるように、ジムの用意を車に常備しておいて良かったなと思う。
ローカーで着替えを済ませて、ジム内をくまなく探してみたのだが、誉の姿はどこにもなかった。父親との会食が遅い時間からだったので、この時間だともう誉は帰ってしまったのかもしれない。
またすぐ会えるだろう。
そう自分に言い聞かせて、会えなかった落胆を自分の中で消化する。せっかくここまで来たのだからと、気分を変えて少し汗を流してから帰宅した。
しかし。次の時も、またその次の時も。ジムで誉と会うことはなかった。
何かがおかしい。そう思った。
この時点で、最後に誉と会ってから3週間近く経過していた。こんなことは、ジムで会い始めてから初めてだった。
不安な気持ちを抱えながら車を走らせる。ようやく休みが取れた日の午前。誉が勤めている本屋へと急いだ。駅前の駐車場に車を停めて、早足に歩いて本屋に着くと、中へと入った。
誉が座っているはずのレジへと真っ先に向かう。が。
そこに、誉の姿はなかった。中年の男が1人、カウンターの向こう側で暇そうに座っていた。千晃に気づくと、会計と勘違いしたのか慌てて立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
「あの……すみません。こちらに藍沢さんという方が働いていると思うんですけど……」
「お客さん、藍沢くんのお知り合いですか?」
「ああ、はい。連絡が取れなくて探してまして」
「え?? お客さんも??」
「……それ、どういう意味ですか」
そう尋ねると、中年の男は、自分は店長だと名乗った上で、2週間ほど誉が無断欠勤しているのだと言った。携帯に電話をしても、ずっと電源が切られたままで連絡が取れないらしい。
「藍沢くんは真面目に働いていたし、勝手に辞めるような子じゃないと思うしねぇ。なんだか心配になってきて。藍沢くんのアパートにも行ってみたんだけど、いないみたいだし。警察に連絡しようかどうか迷っていたところなんですよ」
重い何かが。自分の中でじわじわと黒い影のようになって広がっていく。店長の言うとおり、誉は何も言わずに姿をくらますような無責任なやつじゃない。この数ヶ月、誉と付き合ってきた千晃にはわかる。
何か良くないことが誉に起こっている。そう確信した。
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