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ごめん

「なあ、ほんとにいいの?」  退院した誉の荷物を千晃の車に乗せていると、傍に立っていた誉がおずおずと尋ねてきた。 「何が?」 「千晃の家に世話になるなんて、迷惑だろ?」 「……だから。迷惑じゃない。何度も言ってる」 「だけど……」 「ごめんとか言ったら、殴るぞ」 「……うん、ごめん」 「……おい」 「あ、今、ごめんって言ったな。ごめんごめん」 「…………」 「あれ、また言った。ははは」と笑う誉を見ていたら、千晃もつられて顔が綻んだ。 「本当に気にするな。もともと一部屋余ってるから。それに、今はだれかと一緒にいた方がいい。どちらにしろ……あのアパートには戻りたくないだろ?」 「……まあ……」  アパートの玄関前で拉致されたらしいが、相手がサバイバルナイフを所持して脅してきたと聞いた。きっとかなりの恐怖に(さら)されたに違いない。自分は大丈夫だと思っていても、その場に戻るとフラッシュバックのようにその恐怖を鮮明に思い出すこともある。そのような可能性があるなら、初めから予防線を張っておくことは決して無駄ではない。 「とりあえずあそこは解約して、落ち着いたら別の場所を探してもいいんじゃないか?」 「ん、そうだな」 「俺の家からだと、本屋が少し遠くなるな」 「それは全然いい。電車で行けばいいから。むしろ、また雇ってくれただけでも有り難いし」 「そうだな……」 「千晃」 「ん?」 「千晃が頼んでくれたんだろ? 店長に」 「……なんで知ってるんだ」 「店長に聞いた」 「そうか……口止めしておいたのに」 「ありがとう」 「そんなの、いいから」  店長に事情をきちんと説明して、もう一度誉を雇ってもらえないかと頼んだところ、快く了承してくれた。店長は誉にとても同情的で、病院に見舞いまで来てくれた。千晃のマンションからだと少し遠くなってしまったが、誉がその本屋で働くことを凄く気に入っていたことは薄々感じていたので、他が雇われる前にと千晃が事件後すぐに店長に話をしておいたのだ。  誉を助手席に乗せ、千晃の自宅へと向かう。事件が起きてから2週間ほど経っていた。見た目には事件前の誉となんの変わりもなく見えた。だが、ふとした時に、誉が何かに(おび)えたような仕草や表情をすることを千晃は知っていた。例えば、誉の後ろにだれかが立った時や、突然に体へ触れられた時。  だから入院中は、誉にあまり近づきすぎず、自分から触れないように気をつけていた。看護師たちにも注意するようにと伝えておいた。

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