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純愛Ⅳ《緋禄side》3
来年はやってこない。
俺には時間が無かった。
翌日の夕方、病院を抜け出した。
体が衰弱していることも、理解はしていた。
それでも俺には時間がないから。
この命が短くなってもいいから、咲輝に逢いたかったんだ。
携帯には病院からたくさんの着信が残っていた。
戻るから、
戻るからせめて今だけは自由にさせて―…
咲輝の誕生日には、指輪を贈りたい。
俺を忘れないように身に付けていて欲しいから。
「雨月っ!」
学園近くのバス停で、俺の荷物を持った寺伝に遭遇した。
「寺伝…」
「お前…検査入院だろ?何でここに…」
「やっぱり異常なかったって」
「嘘つくな。明らかに体力消耗してるじゃねぇか」
分かってる。
分かってるよ、迷惑かけてるって。
「帰るぞ病院に」
寺伝に腕を捕まれて、病院に連れてかれそうになった。
俺は精一杯の力で抵抗して、寺伝の腕を振りほどいた。
「なんだよ」
「嫌だ。帰らない」
「は?」
検査入院をしなきゃいけないのは分かってる。
寺伝だって、俺の体に異変があるって感付いてるんだろう。
病院に連れ戻すのに必死だ。
「明日…咲輝の誕生日なんだ。今日帰国してこの近くのホテルに泊まってる」
寺伝は分かってるんだろう。
咲輝が俺の特別だって。
だから一瞬黙ったんだ。
「…自分の体を大切にしろよ」
寺伝はまた俺の腕を捕んで、強い力で引っ張った。
「や…、放せよっ!」
寺伝は無言のまま、タクシー乗り場に俺を連れて行く。
嫌だ。
嫌だよ。
だってあの場所に戻ったら、
俺は抜け出せないから―…
お願いだから、咲輝に逢わせて。
「寺伝、頼むから…」
「雨月…」
涙が止まらなかった。
咲輝に逢えなくなることが嫌で、不安でたまらなくなった。
「俺は血を吐いたお前が心配なんだよ。お前の気持ちも分かるけど、前山の誕生日は来年もあるだろ」
普通の人ならそうかもしれない。
でも、
俺には時間がなくて、
一秒でも長く咲輝のそばに居たい。
普通の人なら咲輝の誕生日は来年もやってくる。
だけど俺には『来年』なんてやってこないから、
だからあの場所に戻りたくない。
「寺伝…」
出来ることなら誰にも知られたくないこと。
俺は、もう長くない。
でも言わないと、寺伝はこの状況を分かってくれない。
俺が何でこんなに必死に咲輝に逢いたいのかを。
「寺伝…俺、もうすぐ死ぬんだよ」
咲輝に逢う為には、この事実を寺伝に教えるしかなかった。
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