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第3話

 突然耳許で声がして、吃驚して振り返る。  同居人の藤名遥人だった。  ドアが開いても気がつかないくらいに、夢中になっていたらしい。 「遥人。びっくりした。おかえり」 「ずいぶん、夢中になってましたね。入って来た時に一度声かけましたよ」  同居を始めて半年。  仕事との区別をつける為、詩雨は『ハル』を『遥人』になんとか変更。  しかし、遥人の方は、微妙な敬語のところは直らず「 と漢字で呼んでます」とよく解らないことを言っている。  詩雨は『詩雨』と呼ばれることを望んでいた。脳内で漢字で呼んでいると言われてもピンとくるはずがない。 「今回の仕事は、『なないろ』か。ハロウィン?」  売れっ子モデルのくせに、芸能関係にわりと疎い遥人でも、同じ系列の事務所のアイドルは知っているらしい。画面を詩雨の後ろから覗き込みながら言う。 「うん。十月に行われる、SAKURA(サクラ)ドームでのパンフと冒頭のMV(エムブイ)の撮影。コンセプトがハロウィンなんだ」 「ふうん」  詩雨は、パソコン画面の幾つものタブを閉じ始めた。 「おまえも疲れたろ。オレもすぐ行くから、先行ってフロ入りなよ」 「うん」  遥人はそう相槌を打ったが、階段の方ではなく、撮影スペース内部に歩いていく。 「ハロウィンか……。俺も今度雑誌の撮影あるんだけど、こうして夏に見るとなんだか暑苦しいな」  撮影スペース内は、今は全体的に暗めの色調で整えてある。  バックには、下に房のついたダークグリーンの重そうなカーテン。臙脂色のベルベットのカバーをつけたソファ。下には毛足の長いラグが敷かれている。  そして、ハロウィンらしく、ジャック・オー・ランタンが、ラグの上にもテーブルにも置かれ、妖しい光を灯している。 「まあね。冷房ガンガンに効かせて撮影してたから、今、ちょっと寒っっ」  デスクトップまで戻し、パソコンの電源を切ると、声のするほうに顔を向けた。 「ひっ」  その途端、詩雨の喉奥から妙な声が飛び出した。  彼の眼に映ったのは、ドラキュラ伯爵──を思わせるマントを羽織った、遥人だった。  撮影に使ったそのマントを、ソファにかけっぱなしだったということに思い至る。仕事帰りで黒のスラックス姿だというのが、またその衣装にも合っていた。 (な……。なに、やってるんだ。カッコ良すぎるだろっ)  詩雨の眼が自分に向いたことに気がつくと、遥人はスッと背筋を伸ばし、優雅にお辞儀をする。そして、綺麗に足を組み、ソファに座った。  詩雨は思わず、パソコンの傍に置いてあったカメラをがしっと掴み、パシャパシャと撮り始める。  さすが、『SHIU(シウ)』に撮って貰いたい為だけに、一流モデルを目指した男、藤名遥人。一瞬で彼の心を掴んでしまった。

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