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プロローグ 3
早朝に起きて一度家に帰り、身支度を整えてから、ジュニアスクールに行き、夕方から夜は彼女の部屋で片付けをしながら、本を読み漁る生活を始めていると、その本が案外楽しいものだと思うようになっていった。
部屋に来る……入り浸るキッカケになったのは3日前のその日の夜に補導されたことだった。
仲間が恐喝事件を起こしていた現場に警察が突入してきて、そばにいた僕も共犯として補導された。
母はその時に、やっぱり迎えには来てくれなかったが、彼女がそれを目撃していて保証人として僕を保護した。
つるまなくてもいい口実ができた僕は、夜な夜な彼女の部屋で、物理学を学んでいるという彼女のその床に積まれた大量の本を読み漁った。
その分野の中でも、力学関係の本が多いことに気づく。たぶん、専攻を力学に絞ったのだろう。微粒子についての本が多く、それを研究をしているようだった。
本棚に読み終えた本を、物理学の中でもその別々のジャンル別に並べていく。
その作業すら、楽しくて、気づくと、彼女は帰宅していて、机上でカリカリと音を立てていた。
3日も経過した頃、夜食も兼ねて、僕もお腹が空いていたので、ついでとばかりにサンドウィッチを渡すと、彼女の手が止まった。
珍しいものでも見るような表情で、こちらを見てから、一つ摘んでパクリと食いついた。
「……美味しい……!!今度から、軽食もお願いしちゃおうかな。キミ、色々できるから、バイト代は弾むよ。片付け、洗濯も含めて500ドルでどう?余ったお金で、服でも買いなさい。」
食材は、彼女がスーパーで一週間分、プラスアルファで買い物をしてきてくれるので、実際に大金を支払われても、本当にお小遣いになるのだ。買うものと言ったら成長期の僕は服を買うことくらいだったが、ブランド物でないにしても1式揃えると案外かかるものだと知った。
しかも、僕の分の食材まで余分に買ってきてくれるので、腕の奮いようがあった。どう使ったらいいのか、わからない食材の為に、レシピ本まで用意してくれた。
ある程度、本がまとまってきた頃に、
「ここの棚の本は処分しても大丈夫」
と彼女が言うので、本の収納場所にも困っていたから助けに船だった。少しずつ古書店に売りに行ったりもして、その分の小銭も彼女は「手数料」と言って引き取ることを拒否した。「あなたのために使いなさい」と。
「ところでさ、お互い、そろそろ名前を知らないと不便だと思うんだけど?」
僕からとうとう、個人情報を引き出す為の言葉を発してしまった。相手は僕のことを『キミ』と呼ぶが、僕は呼称に困ったからだ。
「私はティティ・シア・カサブランカ 好きなように呼んでいいわよ」
何の躊躇いもなく、彼女はフルネームを口にした。
「僕は、クリストハルト・K・シュミット。みんなはクリスって呼んでる。それじゃ、あなたのことは、ティティーって呼んでいい?」
「あら、その呼び方、可愛くていいわね。友達にもそう呼ばせたいわ。ところで、キミ、ドイツ系の名前なのね。お母様はドイツ人?」
父親が居ないことは何となく勘づいていたのか母のみの質問をする。
「詳しくは知らない。教えてくれないし母方の親戚と会ったことないし父親も家にはいない。
父は生きてるみたいだけど、日本に帰ったまま、会ったこともない」
その言葉に、彼女は目を丸くした。
「キミ、ハーフなの?しかも東洋人の血が入ってるの?ありえない。東洋人の血が入っていて、キミの色彩はありえないわ。
科学的に証明出来ない……
…もしかしたら、特殊アルビノなのかも……」
興味津々な表情でこちらを見ている。実験をされるのだろうか?
「私は生物学はやってないから、なんとも言えないけど、生物学の連中は興味を持つかもしれないわね。でも解剖なんてしないから大丈夫よ。ちょっと血液をもらうかもしれないけど。まぁ、身内のことは黙ってなさい。」
「……うん、ところであのさ、ここ、間違ってる。こっちが、正しいんじゃないかな?」
頷きながらもティティーの手元の計算を見て、計算式を書いて指摘すると、
「キミ、ここの本をよく読んでたわよね?もしかして、理解してる?」
「……一応」
「……面白いわ。私の計算ミスを指摘できるくらい頭に入ってるなんて、面白すぎるわ。私が、キミに徹底的に私の知識を教えてあげる。
ついてこれないようなら、そこでレッスンは打ち切るけど、ついてきたら、そうね、ご褒美をあげる。」
そう言って彼女は不敵に微笑んだ。
そして、2年をかけて、僕は彼女の知識を習得したのだった。そしてその『ご褒美』がなにか、を知ることとなる。
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