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サウダージ
日本語学校も、通い始めて1ヶ月も経過すると、だいたいの日本語がわかるようになってきた。読み書きはともかくとして、言葉として理解できるようには多少なってきた。
時には電車の中で、公園や駅の改札の近くで、話している人たちの言葉をローマ字でノートに書き込んでは、パソコンやスマホで意味を探る。
まだ、学習内容は基礎ばかりだけれど、発音さえ掴んでしまえば、後は意味を覚えていけばいい。読み書きは二の次で学んでいた。
けれど、英語とは違い、同じ言葉でも意味が違う使い方がある、というのを知ってしまったのが厄介な足止めになっていた。
英語であれば、前後の文字を組み合わせて意味を変える、という文法はあるが、日本語の場合、一つの言葉で意味が異なってくるので、使い方、というのが難しいのだ。
それに加えて、敬語だ、謙譲語だ、と相手によって使い方すら異なってくる。
ティティーに勉強を教わっていた時と違い、理解をするのに時間がかかるのは仕方ないが、元々の言葉を組み立てる文法自体が違うのだから、それを組み立てることを楽しまなければいけないんだ、と思いながら、本音としては、面倒臭い、と思っていた。
定期的に入るマシマからの連絡も、なるべく日本語でしてもらい、わからない部分は英語で説明をしてもらう、という相手からすれば、ただの二度手間にしかならないことをお願いしていた。
最初の淡々とした口調ではなく、予想以上にマシマは快く対応をしてくれた。ただ、「コウキさん」と呼ばれることにはまだ、違和感はあるものの、少しずつ慣れていけばいいと思ってもいた。
それがマシマには、前向きだと判断されたらしい。
言葉の壁はその国の言語を取得しないと、面倒だから、というのが僕の本音だった。
その国に行ったら、その国の言葉を喋れなければ、コミュニケーションをとるのは難しい。
けれど、語学学校で出来た数少ない友達とのコミュニケーションは、話やすく、やり取りしやすい英語で話してしまうことが多かった。
けれど、英語に不慣れな生徒もそれなりには存在する。すべての生徒が英語圏からきているわけではないからだ。
ここで、この日本という国で、父や祖父の思うとおりに生きていけば、今は寂しいけれど、安定した生活は得られる。
20歳でアメリカに戻ろうと思っていたけれど、祖父の口調では留学条件でもない限り無理だろう。研究職に未練がないわけではないが……
大学を卒業した時、あの瞬間まで戻って、今でも母が生きていて、ティティーの助手になって大学院に進んでいたら、どんな形で僕の人生が進んでいたのだろうか?
ティティーと研究をして、バカなことを言いながら、笑いあえていただろうか?
母がホスピタルで治療をして、すべての治療を終え、紹介する予定だった仕事について、元気に仕事をしてくれていたら、僕は幸せだったのだろうか?
そんな、「たられば」を考えたところで、全ては何も変わらないとわかっていても、一人の時間が長い分、考えずにはいられなかった。
こんな知らない土地で、実の父だという男性に呼び寄せられたところで、独りなことには変わりない生活をしていて、アメリカに残ってた方が、充実した生活を送れていたと思わずにはいられなかった。
寂しさは増すばかりだったが、それはアメリカにいても母がいなければ、同じだっただろう。結局のところ、僕の生活の中心には母がいたのだから。
ティティーとは、そういった意味ではイイ関係なんて築けないし、同年代の友達なんて碌にいないのだから。逆に、研究室に残ったところで、同年代の生徒を相手に教鞭を振るうことになるのだから、「友達」にはなれない。
元在籍していた大学の裏掲示板を閲覧すると、相変わらずのティティの悪評が綴られていた。
一度寝たくらいで、自分のものにはならないもどかしさ、というのが一番なのだろうが、相変わらずの性癖に、苦笑いするしかなかった。
本命が別にいて、難しい計算が成功するたびに、本命が相手をしてくれるほど、その相手は若くない。あっという間に火がつく20代を相手にするのが、彼女からすれば、手っ取り早く欲求を満たしてくれる相手なのだ。そこで本気になってしまう男が多すぎるのだ。
相手がそれなりの知名度があり、神秘的な顔立ちの綺麗な女で、下手にテクニックがあるが為に、本気になってしまう男が多いのだろう。
僕が襲われた時も、僕はほとんど動くことはなかったし、それでも、彼女が自分なりに気持ち良く動いていたのに、あっという間に登り詰めてしまった。
僕としては、あれ以来、その関係もなければ、それ以上の関係を持ちたいとも考えてはいなかった。それは今でも変わらない。
仕事上のパートナーとしては良いが、相手を誰かと共有する、という趣味はない。上司になるはずだった教授となんて、なおさらだ。
その本命教授との、不倫旅行から帰ってきたあと、世界的に定評の高い論文を発表して、さらに知名度をあげていた。『レディー・リリィ』から『プロフェッサー・リリィ』へと名前が進化した。
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