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chased NEWS
学校から帰宅して、何気なくスイッチを入れたテレビから流れてきたのは、夕方のニュースで
アメリカでの出身校で起きた銃乱射事件だった。 大学名を聞いた瞬間から、身体が固まってしまったかのようにフリーズしたまま、テレビへ、すべての神経が注がれる。
麻薬中毒で錯乱した若い男性が、授業中に乱入し、銃を乱射をして、無差別殺人をした、というものだった。
その被害者の中に、ティティ・シア・カサブランカの名を見つけた時に、悟った。
この犯人の狙いは彼女だったのだ、と。
教授の愛人だったのもあり、手短にいた自校の教師や同僚とは関係を持つことがあっても、目の前に難問の計算式がなければ、そこに性欲は付随しない。教授は底抜けなその性欲にまで付き合えるほど若くはなかった。
自校の生徒には手を出さなかった彼女は、他校であれば、大学生でも相手にしていたのが気に食わなかったのだろう。
そいつも他校の生徒のくせに。
クリスがいた頃にはしなかった夜遊びは、『プロフェッサー』と呼ばれる頃から多くなっていった。祝賀会などで酒を覚えて飲み歩くことが増えたようだった。
いち度、『なんで教授の愛人をしてるの?若い彼氏だっていくらでも作れるだろう?』と問いかけたことがあった。好きな時にお互い発情してればいいだけの話だ。それが若さの特権ではないかとも思う。けれど、彼女は特定の相手を作るのを避けているようにも見えた。
『ほら、あの人優しいし話が合うのよ。お父さんってこんな感じかな、って。あなたと同じで私も親の愛情を知らないの。だからかな……でもね、教授の家庭を壊してまでも欲しい人でもないの。ただ、あの温もりが安心するの』
その言葉に若い男に求めるものと、初老の男性に求めるものが違うのだと言われた気がした。
そしてこの犯人は『特定の男』になりたかったのだろう。
彼女、一人に対する復讐の為に、落とした命は大きすぎた。何人もの生徒が巻き込まれ、本人もティティーを殺害した後、己を撃ち抜いて絶命していた。
『自分の命をかけてでも愛すること…か…』
その感情を他人に欲して手を伸ばしたことはない。幼い頃に、その感情が欲しくて手を伸ばし続けたこともあったが、母はその期待には応えてはくれなかった。
母にも愛された記憶はないのだ。
殺されかけたことがあっても愛されていた、と実感していたことなどなかったのだ。
その母が死に、父の元にいたって、父の愛なんて感じたことはない。
恋をするとは、愛するとは、どういう感情なのだろう?
その人を殺してまで手に入れたい、なんて、思ったこともなければ、思われたこともないだろう。少なくとも母親は、そういう意味で、自分に手をかけたわけではない。
それに、そんな歪んだ愛を欲しいとも思わないけれど。
『結局……あれからティティーとは……それっきりだったな……少しは僕のことを気にかけてくれていたのだろうか……?』
何を話していいのかわからないまま、数年が経過してしまっていた。ネットで、情報こそ得ていたものの、直接連絡をとることはなく、簡単なメールを2、3回送信することだけで、こちらの近況を済ませてしまっていた。
けれど、問いかけても、応えてくれる女性は、もういない。不義理をしてしまったと思う。
――僕がアメリカに帰る理由がなくなってしまったな
そんなことを思いながら、しばらくの間、動けずにテレビを見つめてはいるものの、見るわけでもなく、呆然と佇んでいた。
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