20 / 134
萩ノ宮 1
「植田先輩、何見てるんですか?」
ペンをクルクルと指先で回しながら、イヤホンをさして真剣にパソコン画面を食い入るように見ていた昂輝に声をかけてきたのはサークルの後輩の平野上総だった。
「マンガ日本昔話。面白いんだけど、制覇が大変なんだ。話数が多すぎる…」
「……それ、子供向けでしょう?」
「そうだけど?オレはこういう話を知らないからなぁ……超新鮮だぞ?すげぇ、わかりやすいし」
そう言うと平野上総 は困ったように微笑んだ。流暢に日本語を話す目の前の人は見た目は日本人ではない。金色の髪に紫色の眸をした、ヨーロッパ系の整った顔は美人だ。
昂輝は名前こそ日本名を名乗っているものの、生まれ育ちも日本ではない。ヨーロッパ系移民の子孫だと思われるが、アメリカ生まれのアメリカ育ち、というのは噂には聞いている。
外見に反して、流暢な言葉を話しているから、勘違いしてしまうこともあるけれど、彼にとっては、日本語よりも母国語の方が馴染みが深いはずだった。
「オレみたいに、なんもわかんないガイジンさんには、ありがたい代物だぞ?これ。」
そう言って両手を合わせて拝むような仕草をするが、目の前のこの人は4年前まで、日本語を全く知らなかった人とは思えない、と上総は思う。
ネイティブだけあって、英語はパーフェクトに喋る。けれど、彼は英語を使いたがらない。教えて欲しいと頼んでも的確だが、最低限のことだけしか教えてくれず、アメリカでの生活やその理由を聞こうとしても、さりげなく話題を変えていつもはぐらかされてしまう。
黙っていれば、女性と間違えてしまいそうなか細い相貌に反して、中身は男らしい。態度は大雑把だが、繊細な目配りや動きをすることがある。謎が多い人だ。
それが原因で、容姿、行動が派手な上総の親友、八雲水樹とぶつかっていることが多々あった。水樹もハーフで身長も180cmの細身の母親似の美人だ。175cmの昂輝より身長は少し高い。背の低いか弱そうな女顔の先輩に、背の高い水樹が説教されてる場面は情けなくて面白い。
女性関係にだらしないことを散々注意されてるにも関わらず、何度、注意をされても、行動を改めようとはしない水樹に業を煮やしていたようだが、そのうちに諦めたようだった。派手な見た目に反して植田昂輝という人は全ての告白やナンパを丁寧に断っている。
他人を好きになったことがないから、不誠実になる可能性が高い、というのが理由らしい。そう言いながら『愛情』を親からも受けたことがない、とポロッと漏らしたことがあった。どんな幼少期だったのか、という疑問も出てきてしまう。過去に関してはほとんど話さない人なのだ。
色彩も造りも綺麗なその人は、女性的な外見に反して苦労人で、やんちゃを見逃せないタイプのようだ。
それが夏前の話で、夏休みが明けてすぐの頃、午後の講義が始まろうとする時間に、全力疾走する平野上総を見かけて、昂輝は学食の前で声をかけた。
ともだちにシェアしよう!