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萩ノ宮 3

「アイツ、オレの何かを知ってるような口調で話す時があるんだよな……怖ぇよ。」 昂輝は、ぼそりと一人、つぶやいた。 ティティーのこともそうだが、誰にも告げてないことまで、まるで知っているような口ぶりで、喰ってかかってくることがある。アメリカでの生活のことなんてほぼ誰にも話していない。ティティーの話だって真嶋以外と話すのは初めてのことだ。 『自分だって好き勝手な生活をしていたくせに』 『母親を最初に捨てたのはあんたの方だろ』 『自己犠牲が美しいとでと思ってんならおめでたいやつだな』 『まともなセックスもしたことないくせに……』 『プロフェッサー・リリィのことだって……』 『あんたが知らないだけで彼女はあんたを見守ってた』 次々と出てくる謎の言葉。確かに家に居れずに外ですごした時期もあったし、悪い仲間とつるんでいたこともあった。本を読むことの楽しさを知ってからは外には行かずにいれたけど、ティティーの部屋に入り浸っていた。が、母を捨てた覚えはない。母は捨てられたと思っていたということなのだろうか? それに性事情をなんで知っているのか? ティティーが『レディー・リリィ』ではなく、『プロフェッサー・リリィ』と呼ばれるようになったのは、銃乱射事件の少し前の話だ。自分との研究論文が発表された後だ。 それに『彼女』とは誰を指すのか?『見守ってた』とはどういった意味なのか?話したこともなく、自分も知らない内容がポンポン出てくるから怖い。 一緒に話してるはずなのに、目線はあっておらず自分より遥か後ろを見つめるような視線を向けることがある。まるで守護霊と話してるような、なにか別のものを見ているような、そんな違和感。 それが、妙に嫌な感じがしてならない。 具体的に、なにが気になるのか、は、わからないものの、しこりのように、胸に残る嫌な感じ。知られたくない過去に向かった感情のかもしれないが…… 母は確かに、まともな死に方をしていない。 けれど、それは吹聴して回るものでもない。 だからこそ、日本にあのニュースを知ってはいても、その息子が実は助かっていて、日本で生活をしていることも、名前が変わっているのも知られてはいないはずだ。 音大時代は、確かにアメリカで使っていた名前で在籍し、コンクールにも出ていた。それでも母の起こした事件を知る者はいなかった。小さな町で母子家庭の親子が起こした小さな事件だ。 けれど、萩ノ宮でそれを知る人物は、身内か、それに仕える人物のみだ。 そもそも、アメリカの小さな街の片隅で、無名な母子の起こした心中事件など、日本で報道されるわけが無い。 一人では、答えの出せない疑問ばかりが、胸の中に居座り続けているようだった。数学のように答えが出るものの方がよっぽど清々しいとさえ思う。 だからといって八雲水樹と腹を割って過去の話を話す気もない。今の生活に過去は必要ないから。話してお互いに嫌な気持ちになるなら話さずに平和に過ごしたい。まだ、母の墓にも行けていないし、死に向き合えてもいないから。 それよりも、まもなく迎える歴史と、帰国子女のための日本語講師の免許取得のための勉強をしている方がよっぽど気が紛れるような気がした。暗い歴史は覚えきった。 だから平和な昔話で、日本の昔を知ろうと思った。身につけられるものは身につけて完全武装してやる。けれど国語だけはどうしても教員免許を撮る気持ちにはなれなかった。 従兄弟の中に2人国語教諭がいるならいいだろう、とも思う。国語以外であれば対応できるようにしてきた。ジジイがどう決めてくるのかわからないが、どうせ決められたレールの上に乗らなければならないことは確実なのだから、それに従うしかないだろう。 音楽教諭の免許は取得したものの、歌は音程は取れるのだが、声が歌に向いてないのが残念なところだった。それはバンドをしてた頃からそれは実感している。 高等部への教育実習には行った。もちろん、髪の色と目の色は隠して。黒縁の伊達メガネも忘れずに顔を隠す。どうせなら、と、日本史と世界史と両方で行ったにも関わらず、祖父から言い渡された教科は萩ノ宮高等部の外部受験対策クラスの英語教諭だった。日本の教科書に書かれた英語なんて、使い勝手が悪いのに、それを教える、というのが不思議な気持ちではあった。 けれど、今の教育課程において、教え方の差が出ないように教員用の教科書には試験範囲まで載っている。何を教えて、どうテストをするか、まで定められているのだ。その枠だけでは試験など受かるはずもなく、独自の対策が必要になるだろう。 大学卒業と同時に、付属高校への赴任が決まった。それにあたり今の自分のままではダメだ、と目立たないように髪の色を隠し、今までは外に出る時は日本の日差しに弱いこの眸の色はサングラスでカバーしてきたけれど、教師になるにあたってはサングラスはできない。黒い眸になるためのカラコンを用意して、体型を隠すような服装を選ぶ。少し大きめのサイズのスーツをダボッと着用して、従兄弟たちにもその姿を隠すことにした。 遊ぶ時は本来の姿、仕事の時は仕事用の姿で、大人しくこの先の人生を過ごすのが、自分に与えられたものだと思い込むことにした。

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