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萩ノ宮 4

真ん中で軽く分けられた前髪が揺れた時にしか見えない切れ長だが小さくない黒い眸に、黒く長い前髪、黒縁の大きなメガネをかけ、その黒々とした色とは正反対の淡く白い肌の色に揺れる髪で見え隠れする細く高い鼻梁にはなかなか気付き辛いが違和感がある。女子生徒全員が『ダサい』と口を揃えて言うであろうダボッとした服装の英語教師が新任でやってきた春、中村聡美は高校3年生になった。 エスカレーター式の学園であるにも関わらず、聡美のいるクラスは、他大受験希望者が集まるクラスだった。 萩ノ宮の大学には、芸術系と農学系、家庭科系の学部がない。それに、それ以上の学歴にこだわる生徒もいる。 聡美は、幼等部からこの学園へ通っているものの、希望する服飾デザイン科が大学にないのだから、勉強が苦手でも外部受験は仕方ないと諦めざるを得なかった。 同じクラスには、幼等部からずっと一緒のヴァイオリンで音大を目指す親友の真嶋恵理子もいた。大学は離れてしまうけれど、お互いに苦手教科を補い合う仲だ。 その教師が教壇に立ったのは、始業式から2日を経過した後だった。始業式の時は新任の挨拶だとしても地味で簡単な挨拶だけで済ませていたその人が、教壇に立ってした挨拶はその時の簡単すぎる挨拶とは真逆のものだった。 「……あ〜、これから一年英語を担当する、植田昂輝だ。このクラスには受験に英語が必要ない生徒もいるかもしれないが、英語は覚えておいて損はない語学なので、それなりに向かい合ってくれ。」 上から目線での挨拶は、到底新任教師はとても思えない態度ではあったが、その教師の声は、表面上のもっさりしたイメージとは逆に、聞きやすい爽やかなものだった。 「先生!!英語の先生だったら挨拶も英語でしてくださ〜い!!」 と新任教師をからかう生徒が大きく声を上げた。『英語で何か言ってって言われても何を話したらいいのか分からないんだよね』という帰国子女もいるが、そんな言葉に負ける昂輝ではない。さらに上からの言葉を投げつけた。 「It's Koki Ueda. I'll teach you English thoroughly from now on, so be prepared.」 (植田昂輝だ。これから徹底的に英語を仕込んでやるから覚悟しておけ) そして、その発音は、今までの教師とは違い、アメリカ訛りのホンモノの発音だ。意味を理解したかどうかはさておきとして。聞き取れた生徒は数名、固まっている。そいつらの英語は心配無さそうだ。聞き取れなかった生徒たちは 「おおー!!」 何処からともなく、そんな歓声がクラス中に湧き上がる。それくらい見事なものだった。 「これで満足か?で、今ので固まってるヤツらは安心していいぞ。おまえらは合格。騒いでるヤツらはよく聞け。少なくても、単語の意味くらいは覚えてこい。不定期にミニ単語テストをやるからな。それくらいのことが出来なければ、受験など通過出来ないぞ。 英単語は接続詞によって意味が変わることが多いが、その単語だけを見れば意味はひとつだ。単語だけでも会話が出来ないことは無いから、覚えておけよ?オレに単語だけでも通じる会話ができるくらいになれよ〜。ちなみにオレは帰国子女だからよろしく」 そのミニテストは有言実行と言わんばかりに、週に一度、それは実行されることになる。あまりにも付け焼き刃の生徒が多すぎたからだ。 曜日など構わず、突然に。 「……本当、植田の英語の時間の直前は、憂鬱になるよね……」 そんな言葉が、クラス中に聞こえるようになるのに、ひと月もかからなかった。 短い単語テストの後は、文法について、その単語の接続詞によって変わる意味を説明されることになる。覚えることが多すぎると感じる生徒が多数いたのだ。代わりに英語の発音だけを聞く耳だけは養われていった。

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