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萩ノ宮 5

中間テスト明け翌日の昼休み、担任に呼び出された真嶋恵理子は、その隣に、もっさり教師の植田を見て、呼び出された理由を理解した。植田は怒ってる様子もなく逆に 「白紙とはやってくれるな。」 そう言いつつも、植田は愉しそうに口角をあげていた。 今にも笑いだしそうなほどにやにやしている口元だった。 「私、S音大に一芸入試をするので、学校の授業は重視してません。強いて言えば小論文に力を入れたいくらいです」 そんな教師の前で恵理子は堂々とした態度できっぱりと、そう言い切った。 「楽器の専攻は?」 そこに食いついてきたのは、担任の佐々木ではなく植田の方だった。 「ヴァイオリンを幼い頃からやってます。この学園には、音楽科はありませんので、個人的に教室に通ってやってますので、ご心配なく。」 その自信は、どこからくるものなのだろうか?単純な興味が湧いてくる。幼い頃からやっているならコンクールには出ているはずだ。受賞歴があるなら、生徒の記録として残っているはずだが、そんなものを見た覚えは無い。 「…ふぅん。そこまで言うなら、納得できる音を聴かせてもらおうかな?実はオレも一時期、音楽やってたんだ。 明日の放課後、第1音楽室で…… そうだな……オレがピアノ伴奏をやろう。 佐々木先生にもわかるように、メジャーな曲がいいな。情熱大陸の曲と、パッヘルベルのカノンでどうだ?」 「……わかりました。演奏をしたことはあるので、大丈夫だと思います。カノンは、1stで良いんですよね?」 「もちろん。2ndが欲しければ、手配しても構わないよ。オレの知り合いに小川葉香( おがわ ようこ)というヴァイオリ二ストがいる。あいつなら、声かければ来るぞ?」 小川葉香は、新人ながら、希望しているS音大の在学中と高校生の頃に、国内のヴァイオリンコンクールで優秀な成績を納め、現在は国内のオーケストラに所属し、2ndヴァイオリンとして活躍している。なかなか上が引退してくれない業界で若いヴァイオリン奏者が活躍し始めた、となればその後を追う若手にとって憧れの存在だ。 そんな人物を何故、呼べるというのだろうか? 「確かにお会いしたいとは思いますが、どういったお知り合いなんですか?それに、私の試験にお呼びするなんて、失礼じゃありませんか?」 たかが高校生の試験的な演奏に付き合わせるにはさすがに忍びない。不審に思いながらも、ストレートに聞いてみた。恵理子は遠まわしな物言いは嫌いだったし、なによりも、遠回しな言い方が出来るタイプの人間では無い。 植田はずっと口だけしか見えない笑みを絶やさないまま、その答えを軽く口にした。 「オレはこれでも3つ大学を卒業しててな?そのうちの1つの大学時代に知り合った友人だよ。人の携帯に勝手に自分の番号を登録するようなヤツだしな。それにあいつは、オレとのセッションをしたがってるから、大丈夫だよ。」 にやりと笑うその表情は、長い前髪と、メガネで計り知れないが、『あいつ』という親しげな呼び方も気になったが、プロがセッションをしたがる、というピアノが、とてつもなく下手くそなら笑ってやろうと思った。 “あれだけのことを言いながら、アンタの腕はそんなものなのか?” と。音楽をやっていた、と言っても音楽にも色んな種類がある。音大で学ぶようなクラッシックのようなものから、バンドをしてる人達だって音楽をしてる、という。ガリ勉風のあの教師に音楽がわかるとは思えない。 鼻で笑ってやることを楽しみに、職員室を後にした。 先程聞いた3つの大学を卒業してるということは、あの人の年齢はいくつなのだろう?新卒で22歳だと言われればそう見えるし、日本の常識で考えれば、ひとつの大学在学が4年×3と考えるとストレートでも三十路だ。 世の中には童顔の人がいるけれど、もし30歳であの肌質であるなら不公平だと思うし、女の敵だろう。日に焼けてないにしても白すぎる肌は、白人、と言っても過言ではない。黄色人種のそれとも違う気がしている。色んな意味で『植田昂輝』という生意気で謎の多い英語教師の弱みを握りたい、と思いながら、午後から始まる次の授業を受けるために教室への足を早めた。

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