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萩ノ宮 9

「Hello, it is after a long absence」 (やあ、久しぶり) 祖父と父の秘書にして、昂輝を日本へ連れてきた男が目の前に立っていた。そしてその背後にはその2人がいる。 「マシマ…」 出会ったその時から、ずっと、淡々と業務をこなす、彼の冷たいと思わせるくらいのポーカーフェイスしか知らない。目の前の男が何者か一瞬、惑う。その理由が明らかになるのはもう少し先だけの話になるが。 けれど、目の前に立つ男は、そんなことを微塵にも感じさせないほど、優雅に、そして綺麗に微笑んでいた。 昂輝に声をかけた後、今回の主役である恵理子に目線を移し、 「恵理子も久しぶり。」 そう言って微笑む。 「……久しぶり…」 返す彼女は、というと、バツの悪そうな顔で俯いた。 そこにキョトンとした昂輝は、英語で話しかけられてたのもあり 「Is it an acquaintance?」 (知り合いなのか?) とつい英語で問い返した。真嶋は柔らかな表情のまま 「She is my cousin.I ask」 (彼女は私の従妹なんだ。よろしく頼むよ。) そう言われてみれば、姓が同じだ。 言われて気付くとは間抜けな話だった。 「Even if I am not said.It is my student.」 (言われなくても。僕の生徒だからね。) ふん、と鼻を鳴らすようにこたえるものの、ふと、違和感を感じて、思い返す。 出会ってからしばらく、彼との会話の大半が英語で過ごしてきた所為もあり、普通に英語で話していたが、ここは日本で学校だ。 それに、あの時とは今は違い、日本語も話せるし、理解も出来ている。 「May I listen to your piano?」 (君のピアノを聴かせてくれないか?) そう微笑む真嶋に戸惑う。 ――オレのピアノが聴きたい? 「あ、あのさ、もう……日本語でわかる。あの時とは違うんだよ……それに、あんたがオレに日本語を教えてくれたんじゃないか……」 軽口で返しているつもりだったが、どうも顔が引きつってしまう。真嶋の顔を見ると日本に来た理由を、生まれ育った街を捨てた日のことを、どうしても思い出してしまう。口調もなんだか子供みたいだ。 その苦い気持ちを、深呼吸をすることで落ち着ける。 「そうだね。発音も正しくて、言葉も増えたと思うよ。本当に君は優秀だよ。とても6年前まで日本語を知らなかった子とは思えないくらいに。 君の強さには、驚かされてばかりだ。 けれど、君は輝かしい『モノ』をたくさん持っているのに、何一つ、完成させないのは何故なのか……それに、何故そんな格好をしているのか? ……聞いてもいいかな?」 後半の言葉は遠慮がちに尋ねてきた。それは耳元で、小声でその疑問を口にする。真嶋は本来の姿を知っている。わざと野暮ったい格好をしてることを疑問に思ったのだろう。

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