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萩ノ宮 19
演奏で疲れた身体を癒すまもなく、聡美は恵理子のために、単語の記憶練習を始める。
「あー、面倒くさい。」
つい、恵理子は本音を漏らしてしまう。
「先生にも言われたんでしょ?他国の語学は身につけなさい、って。」
「どこの国の言葉でもいいっていう、オマケ付きの言葉でね。」
「だったら、英語が一番、身近じゃない。」
「うわー、植田とおんなじこと言った……」
ペタ、と、恵理子は机にうつ伏せになる。
「覚えておいて損はないって。特に発音もいい先生なんだから、チャンスだよ?」
「そりゃ、アメリカ人だもん。発音も良いでしょうよ。」
「……?アメリカ人?どういうこと?帰国子女とは言ってたけど……?」
――しまった。口を滑らせた…
発してしまった言葉を、無かった事にすることは出来ない。
口外するな、と言われていたのに、つい、口を滑らせてしまった。
性格上、この言葉が本心から出てきていることを、誰よりも知っている親友相手に、隠せるはずもなかった。
「……あ〜……うん。とりあえず、ここだけの話にしておいてくれる?
植田、生まれ育ちがアメリカらしくてさ。
16歳までアメリカにいたんだって。
植田、ハーフらしいよ。」
ボリボリと頭の後ろを掻きながら、言いづらそうに小声で聡美に話した。
「植田先生は、日本語ペラペラだから、外人さんってイメージはないけど、日本語っていつから話してたんだろ?」
「日本に来てから、って言ってたなぁ。」
「なら、恵理子と条件は一緒じゃない?高校生で、1から日本語を学んで、日本の先生になってるなんて、すごいじゃない!!
良いなぁ、恵理子。なんか、先生の情報、たくさん持ってるよね〜…」
本当に羨ましそうな目で見つめてくる。
その視線を『ウザい』とはねのけながら、
「私は植田崇拝者じゃないから!情報なんて持ってても嬉しくない。それに、知ってるのはそれくらいで、後は知らないし。」
学園理事長の孫、ということくらいしか知らない。と言う言葉は飲み込む。
『音楽をする環境がない』
そう言っていた。血縁者としての優遇があるようには思えなかった。
個人のプライバシーを、とやかく言うつもりはないし、それ以上の詮索も、追求する前に拒否られた。
人としての興味はないが、その過去は面白そうだと、単純な興味はそそられる。
何故、あれだけのピアノが弾けるのか、レッスンをしていたのは本当にたったの4年間だけなのか?4年間だけで基礎から始めてあれだけ弾けるようになるものなのか?
何故、日本に来なければならなかったのか。
植田は新任教師だから、年齢は最低でも22歳のはずだ。ただ、謎の言葉があったからその限りでは無い。
テレビで活躍している外国人芸能人の大半は、ペラペラに会話は出来ても、どこかカタコトなイメージが強い。
日本人だと言い切ってもいいくらい、彼の日本語の標準語の発音は正確だ。
この、単語レッスンがこれからも続くと思うと、正直うんざりだけれど、まだ、序の口だったのだと知るのは、数日後のことだった。
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