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萩ノ宮 21
「顧問?」
その日に飛び込んで来たのは、部活動の顧問になって欲しい、という生徒の申し出だった。懇願するように両手を合わせて、お願い、のポーズを作る生徒を職員室の椅子に座ったまま見上げる。
「前の顧問の先生に、今年は受けてもらえなくて。去年だって普通に活動してきてますし、部員数は揃ってますから、あとは顧問だけなんです。
廃部にするわけにもいかないので、お願いします!!」
部活申請書を手渡され、内容を確認する。
あながち、的外れなお願いではないことを確認してしまった。その生徒……仲山琴美は、英語も受け持っている生徒の一人で、単語テストは、毎回満点だ。
「軽音部か……なんで、オレなんだ?」
モッサリさせた外見で、地味に教師をしている昂輝を希望する理由……
「新任だから!!どこの部の顧問にもなっていないでしょう?担任も持っていないから、それほど忙しくもなさそうですよね?」
受験対策の英語担当も舐められたものだ。けれど、昂輝はニヤリ、と口角をあげた。
「なるほど。名前だけあればいい、ってことだな。いいだろう。名前は貸してやる。今月は顔を出せる日が少ないだろうが、そのうちにちゃんと顧問をしてやる。」
その意味を完全に理解してはいないものの、仲山は大喜びで、飛び跳ねるように礼を言って、職員室を後にした。
――第二音楽室……
バッチリ防音された第一音楽室とは違い、少し広めの教室で作られた防音設備など、ほぼ皆無の部屋だ。
それを見る限りでも、優遇されている部活ではない。
優遇されない……
「……それは……オレの専売特許なんだけどなぁ……」
勝手に顧問を受けたことを、祖父や父に怒られるだろうか?校外に出るわけじゃないし、それくらいは教師として経験してもいいような気がする。名前だけの顧問になりさがるつもりもない。これでも、一応、スタジオギタリストの肩書きも持っている身だ。
そんなことも自由に選ぶことを戸惑うくらいに束縛されているのかと思うと笑えてくる。呼び寄せて、一人暮らしのマンションに放り込まれて、日本語学校に通って、ピアノをやりながら日本語学校の友人たちとバンドを組んでいた時期もあった。音楽が楽しくて仕方なかった時期だ。
その頃のツテで頼まれた時にレコーディングに行く。元々は別バンドで演奏していた奴がレコード会社に就職して、バンド時代の『クリス』の腕をかってくれて、楽曲制作を手伝って欲しい、というところから始まった話だった。
思いの外、その曲が……というよりそれを歌ったアーティストの人気が出て、ライブツアーには参加出来ないものの、レコーディングのみなら、という約束で契約を交わしている。そのアーティストにもギターの音が気にいられていて関東近郊のライブだけでも出て欲しい、とは言われているが、それは丁重にお断りしている。
要求がエスカレートされても困るからだ。
本業は教師だ。
本来教師はダブルワークは認められていない。
だからこそ、内密に行動しているつもりだ。
自由なようで、不自由な環境下に置かれていることを再認識する。そんなことに乾いた笑いが漏れる。
それでも、ここには自分を必要としてくれる人がいる。
だからこそ、与えられた場所で、精一杯のことをしていきたいのだと、思っていた。
自分のエゴだとしても、血縁者に認められたい。
幼少期の自分がどんなに頑張っても認められなかった穴を埋められるくらいには。
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