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萩ノ宮 25

「先生は、これ、行きます?」 真嶋恵理子が持ってきたフライヤーを見ると、オーケストラコンサートのものだった。 「いや、コレがあること自体、知らなかったなぁ……へぇ……この指揮者、ずいぶんと若手だなぁ。」 指揮者コンクールで優勝経験のある、海外の若手有望株の、指揮者を招いてのコンサートらしい。 コンサートホール自体は遠くないが…… 「このコンサートがどうかしたのか?」 「先生が行くなら、保護者になってもらって、ついていこうと思って。帰りもタクって送ってもらえたらラッキーじゃん?」 相変わらず、言葉を飾らない女だなぁ、と思いつつ、昂輝は苦笑いする。 「興味はあるけど、悪いな、どの日程も都合がつかない。残念だけど、なら、いい感想を聞けるだろうな。楽しみにしてるよ。」 そう言って微笑むが、彼女に見えるのは口元だけだろう。祖父に軟禁されている、とは言えるわけもなく、そう微笑むしかなかった。 けれど、コンサートの1つくらい観に行っても、問題はないはずだ……この間のアンサンブル以来、ピアノに触ってるのもあり、音楽欲が芽を出してる。 ――祖父に尋ねてみよう。 クラッシックのスタンダードから、指揮者自ら作曲した演目もある。 昂輝は目を細めて、その経歴を見る。 アルノルド・シュレイカー 昂輝と同じ年の指揮コンで最優秀賞を受賞している。肩書きだけでも世界一、は特別な目で見られる。自分のピアノに対しても、国内の楽団から声がかかることも未だにあるのだから、本格的に活動してれば声がかかることも多いのだろう。指揮者はオケがなければ演奏が出来ない。そのオケが求める何かが、この人にはあるのだろう。 年齢的には、それほど変わらないのに、羨ましいと思う自分がいる。自分の選択に後悔しているのだろうか?けれどピアノだけで食べていけるのかは別問題だ。 フライヤーに写ったその顔からも、若さが伝わってくる。有名な指揮者といえば、年齢がとっくに半世紀を経過してるベテラン が多いが、20代前半で日本のトップクラスの楽団から招かれてることを見れば、かなりのニーズを得ているようだった。 鮮やかなウェーブのある金色の髪に、エメラルドのような澄んだ綺麗な眸。その上、顔もかなり整っていて、女性にモテるだろうな……と思わせる甘いマスクをしている。 この宣材だけで、十分なほどの女性の集客が出来るのではないだろうか?男の自分でも見蕩れるほど、その見た目はカッコいいと思う。だからこそ遊んでんだろうなぁ、とも思った。見た目でどうこう言われる自分が嫌なのに、フライヤーに対してそう思うのも筋違いで、もしかしたら一途に想う人がいるのかもしれない。 ーー婚約者とか居そうな王子様タイプだもんなぁ…… 大概の宣材は、元よりもよく出来てるものだから、どうなるかは、蓋を開けてみなければわからないが。 「真嶋はこの指揮者の顔好きだろ?」 問うと、顔を赤くした。ほら、やっぱりだ。宣材だけで女性を呼べる容姿を最大限に利用したフライヤーだ。 「指揮者を見るのもいいが、音大受験予定なんだから、ちゃんと音聴いてこいよ?せっかくの機会だしな」 「わかってますよォ!!べっ、別に指揮者見に行くわけじゃないし!!」 ――いや、目的それだろ…… はぁ……とため息をついた。 「……先生、なに?その嫌味なため息」 「その言葉が嘘くさいんだって。馬鹿正直にそのフライヤーでコンサート行くことを短絡的に決めたって思うとなぁ、心配になるよ。感想が。」 「ちゃんと報告しますって!!ちゃんと聴いてきますって!!んで、先生を驚かせてあげるからね!!」 ――どんなツンデレだよ…… 今から頭が痛くなりそうだ。

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