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萩ノ宮 27

「んも〜〜〜!!すごい良かったですよ〜!!指揮者のアルノルド・シュレイカーが、とにかく、かっこいいんですよ!! 照明に、柔らかそうな金髪がすごい映えるんですよ!!揺れてたんですよ!! スタンダードナンバーもさることながら、オリジナルの曲も、すごい素敵だったんですよ!!自分の恋心を綴った作品らしいんですけど、先生だったら、ピアノでも、演奏できると思いますよ!! 今度、楽譜を取り寄せて、セッションしましょうよ!!」 ほかに表現はないのか?というくらい、稚拙な説明を繰り返す、ミーハーな恵理子に、少し疲れてくる。 「……おまえ、オレのこと暇だと思ってんだろ?あのさ、ちゃんと音聴いて来いって言ったよな?指揮者の感想だけ話すんだったら仕事の邪魔だ、帰れ!!」 「話し始めたばっかじゃん、ちゃんと聞いてよ!!感想はこれからなんだから!!」 とにかく、耳がいい指揮者らしい。どう耳がいいのか?という感想に疑問は残る。通常指揮者はスコアと呼ばれる全パートの譜面が見れる楽器ごとの縦並びの譜面を手にしている。縦1列の1小節目は全ての楽器の1小節目が並んでいるということになる。それを楽譜とパート別の音を聞き分けて調整していくのが指揮者なのだから、耳がいい、という表現が正しいのかはわからない。指揮者で耳が悪かったら致命的だ。 国内のプロの演奏家を揃えているとしても、その曲の色は、その指揮者によって、変わってくる。前もっての音合わせで全ての指示が出て完成されたものがステージに上がる。極論を言えば指揮者がいなくても楽団の人は当日指揮者がドタキャンしても演奏はできるのだ。そこに抑揚をつけてタクトを振るのだが、パフォーマンスでしかない。 要約すると、スタンダード・ナンバーは楽譜をそのままに、遊ぶ部分は、かなり遊んでいるらしい。それが、恵理子的には、かなりの斬新さが新鮮で、楽しかったらしい。音は譜面通りなのに、アレンジが素晴らしくワクワクさせてくれるような自由な柔軟性を持っている、と。 「オリジナルのなかでも、すごく良かったのが、コレ!!『My beloved christohard』」 恵理子には読めなかったのか、パンフレットに書かれたそのタイトルを指さした。その先のパンフレットに目を向けたのだが、飲みかけてたお茶を吹いてしまった。 「なにぃ?!先生、汚い!!」 「ゴホッゴホッ………悪い。ちょっと驚いた。 そんなタイトルの曲があったのか?」 クリストハルトは、ありふれてると言えばありふれてる名前だけど……なんとも言えないが… 『愛しのクリストハルト』とは…… まさか、ステージの感想を聞きながら、自分が、恥ずかしい思いをするとは、思いもよらなかった。 アルノルドは何故そんな曲のタイトルをつけたのか?親友?婚約者の気持ちを代弁?なんだか落ち着かない気持ちになってしまった。相手は男だ。なんでこんなに動揺する意味がある? 『アルノルド・シュレイカーには近づくな!!』 ジジイの言葉がふと過ぎる。 でも、今回のフライヤーで初めて聞いた名前に、接点を見出すことは出来なかった。

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