49 / 134

萩ノ宮 29

「……っ!!……この曲…!!」 委員会で遅くなってしまった中村聡美が、帰りがけに耳にしたのは、過去、ライブハウスで一度だけ聴いて、大好きになった曲… 思い出の曲だった。 このバンドを調べても、ライブの後、解散をしてしまっていて、ボーカルのレナが、プロになったこと以外のメンバーの消息はつかめていなかった。 そのレナも、そのバンド時代からの彼氏……ロニーへの傷害事件を起こしてしまい、事実上の引退状態だった。 しかも、この曲は、ボーカルのレナではなく、ギターのクリスが唄っていた曲だ。 ――それが、なんで学校で? ピアノの旋律に乗せられた、切ないメロディが、そこにあった。 この曲の音源は、基本的には存在していない。咄嗟にモバイルで録画した、中途半端な画像の荒い映像だけが、頼りの曲でしかなかった。 音に惹かれるように、その方向へ足を向けると、その旋律は、第二音楽室から聞こえてきたものだった。 音楽室のピアノに向かい、歌うように奏でていたのは、英語教師の植田だ。 恵理子が言っていた、ピアノがプロ級、というのが理解出来た気がする。 植田のピアノは 、感情が豊かだ。 静かにドアを開けて、鼻歌で、その曲を口ずさむ。歌詞が英語の為、すべての歌詞を理解していなかった。 弾き終えた植田の背中に、聡美は、 「……先生……この曲……」 何故、植田がこの曲を知っていて、ピアノで弾いているのか…? 「……中村か。なにをしている?生徒は帰ってる時間だろ?」 「先生が、なんで、この曲を……?」 わなわなと身体が震えてしまう。 「………どういうことだ? ……まさか、この曲を知ってるのか?」 植田が、首を傾げる。知っているはずがない、とでも言いたげな雰囲気だった。 「私、『beat noise』のファンなんです。先生もこの曲のファンなんですか?」 「ファン?まさか。基本、この曲は、beat noise では演奏をしてない。演奏されたのは、一回だけだ。」 投げやりな口調で、返してくる。 「その一回だけを偶然、見たんです。beat noiseのクリスさんが歌ってるのを… ……その……ライブハウスで……」 刹那、植田の雰囲気が変わる。 「……中村……そういや、おまえ、家出歴があったな。この曲を唯一演奏したのは、真夜中だ。本来なら問い詰めるところだし、許してはいけないことだと思うが、もう、3年も前の話だから、今回は見逃してやる。」 メガネを外して、ニヤリと嗤う。 揺れた前髪の隙間から見えたその端整な顔立ちに、ドキリ、と心臓が跳ねた。が、植田は、すぐに真顔になり、鋭い目つきで、上から聡美を睨む。その所為で浮いていた部分の前髪の隙間から顔がはっきり見えた。 「beat noise のことは、2度と触れないでくれ。そんなバンドは存在していない。」

ともだちにシェアしよう!