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Escape from reality

『前にもお伝えしましたが、娘に囚われず、あなたは自由な人生を歩んでください。 これまで、ありがとうございました。』 聡美の両親から、1年間ずっと言われ続けた言葉だった。そして、彼女の早すぎる死によって、葬儀を終えた後に、礼を述べられた。 『いえ……私がしたかっただけなので……』 最期まで、そばにいたい。 そう願ったのは自分だったけれど、荼毘(だび)でボロボロの骨と灰になってしまった姿は、想像以上に残酷で、昂輝の心を傷つけた。 彼女の肉体は、もう、この世のどこにもない。願っても還ってはこないのだと、自ら、その現実を突きつけなければ、その思い出に縋ってしまう気がした。 受け入れ難い現実と向き合うのが怖くて、彼女の事を考えることも出来ず、けれど、一人の時間を持て余した昂輝は、不眠気味に陥っていた。 教師としての役割は果たしつつも、日に日にやつれていく姿は、周りから見ていても、痛々しいものだった。 日本にいるのが息苦しくなり、夏休みの長期休暇に入ると同時に渡米をした。仕事はあっても授業はない。 衝動的にパスポートと財布を手に取って、飛行機に乗ってしまった。 祖国を離れて以来、一度も帰国することもなく、母の墓参りすらしていなかったけれど、無性に母の元へ行きたくなったのだ。 フライトの最中、ずっと失った命について考えていた。 ――愛を求めた相手は、命を失う。 好きだった。 母の愛が欲しかった。 聡美と、離れる運命だったとしも、もう少し、もう少しだけでも一緒にいたかった。 ティティーとの時間も研究も楽しかった。でも、彼女もこの世界のどこにもいない。 愛を求めることで、相手の命を縮めてしまうなら、そんなものを欲しても、自分も、まわりも傷つくだけだ。 母の墓前で何を話すというのだろう。 慰めてくれるわけではない、冷たい墓石に、何を求めに行くのだろうか? 母の死から逃げ、聡美の死からも、逃げ出した自分に出来る懺悔は、見つけられるのだろうか? 雲の下に、延々と続く海を眺めていた。 ※荼毘……火葬することを正しくはそう言います。

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