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chased 5

「見てごらん?この店には、遊んでるピアノがある。 僕が店主に交渉するから、ここでピアノを弾いてみないかい?賭けの内容はここのお客さん。 キミのピアノが、誰にも響かず、ここにいるお客さんたち『全員』を振り返させることが出来なかったら、その意見を認めよう。 もし、キミの演奏が心に響いて、全員からのスタンディングオーべーションを受けたのなら、僕の勝ちだ。 そうしたら僕の曲をオケでも、カルテットでも、ステージでピアノのソロでもいい、僕の為だけに弾いてくれないかな。僕のオケに本当は今すぐにでもスカウトしたい、と思ってるよ。僕にはその気持ちがある。入る、入らない、はキミが決めることだけどね。 僕が負けたら……そうだね、君は僕に何を望むかな? 賭けだからね、考えてみてごらん?なんでも……どんなことでも君の願いを叶えよう。」 ステージで、ピアノを弾く……?光の中で、観客の前でピアノを弾けたら楽しいだろう。 音楽の中に身を置くことは楽しいかもしれない。けれど、自分は、萩ノ宮を捨てることが出来るのだろうか……? たかが1回の賭けだ。1回、そのステージの光を浴びたら、晴れやかな気持ちで今まで通りの生活に戻れるだろうか……? 一度だけなら……そんな気持ちも沸き上がる。 アルノルドも、無茶な賭けを申し出てきたものだと思う。観客全員のスタンディング・オーベーションなどとは無理だろう。0か100か、なんて賭けなんて、こちらが勝つ確率の方が高いだろう。 けれど、父や祖父の心に、何も植え付けてくれない音楽を……感情を、他人に与えることが出来るのだろうか?これまでは、音楽に携わる人間の前でしか、ほぼ、評価を受けてないのだ。素人相手に弾くのはほぼ初めてだ。 この店にいるのは家族連れやカップルで、ピアノ曲に精通している人は少ないだろうし、BGM程度に聞き流されることだってあるだろう。 そして、店内はかなりざわついている。それを黙らせて、ピアノに集中させることなんて出来るわけがない。 ピアノの音が店内に、完全に響く可能性も少ないだろう。 けれど、賭けをするにしても、相手、アルノルドに望むことなどない。アルノルドには輝かしい音楽活動が約束されている。けれど、今の自分に何ができるだろう? クリスは返答に困ってしまっていて、しばらく黙り込んでしまった。Yes、か、Noか…… それに、『何故』ここでピアノを弾く理由があるのか…… 「僕からの課題曲は、ショパン ワルツ 第一番。変ホ長調 op18 華麗なる大円舞曲。」 タイトルはわからなくても、誰もがどこかで耳にしているであろう、軽快でいて、表現豊かな曲だ。暗譜は出来ている。ピアノを弾くものなら、誰でも弾けるであろう1曲だ。その強弱、感情を乗せられるか乗せられないかによって、聴き手の印象もかなり変わるとも言えるだろう。 まさに、BGMとして認識されてもおかしくない曲に、どちらの可能性も五分五分といったところだろう。 ふと、祖父が呟いた言葉が頭をよぎった。 『アルノルド・シュレイカーに近づくな。』 マイペースな人間だと思うけれど、オーナーと微笑みながら話している青年は実害があるようには見えない。 「さぁ、オーナーからOKが出たよ。エスコートしましょうか?姫君。ピアノの調律は済んでるそうだ」 アルノルドは、女性をエスコートするかのように、片膝をついて、その手を取る。 プロポーズされているような気分になって赤面してしまった。 ーーいやいやいやいや、ないから。 内心、ドキドキしながらも、その手を取り、ピアノの場所まで一緒に移動する。 蓋を開けて、いくつかの鍵盤を押してみる。 ちゃんと調律はされている。 後は、どれだけピアノがクリスと相性を良くいてくれるか、だ。 アルノルドは、クリスをその場にクリスを残して、自分の席に戻ってしまった。 ピアノからは多少遠めの自分たちのいた位置まで、どんな音でホールに響くのか、を知りたいのだろう。 少なくても、アルノルドの座る位置までは、ピアノの音を届けたい、そんな気持ちが湧き上がる。別にそのステージに魅力を感じた、というわけではなく、ただ、彼の為に弾く、という大義名分が欲しかっただけなのかもしれない。 自分が欲しいと思う言葉をくれるだろう。1番欲しい言葉はきっと言わないであろうが、自分のピアノについては辛口でもいい、大した練習もしてない自分の演奏を聴かせるのは少々忍びないが、正しくジャッジしてくれるだろう。 大きく深呼吸をしてから、鍵盤に手を添えた。

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