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chased 6

アルノルドは、こちらを見たまま、その時を待っている。 賭けなんてものはどうでもよかった。ただ、弾けと言われたから弾く。良くも悪くも調律はされたばかりのように鍵盤を叩けば耳障りのいい音が返ってくる。 アルノルドとの距離はかなりある。その間にいる人物たちの酔った男性が大声で笑っている。 下手をすれば、自分の音さえ聞こえないかもしれない中、ピアノを弾いて、果たして彼の元に届くのだろうか?彼に届くように、最初から、大きめの音でスタートさせることは決めていた。楽譜通り弾いたら彼の元には絶対に届かない。この雑音の中を抜けてく音が必要だ。少なくとも自分に音が聞こえないのはさらに致命的だ。 アルコールを片手に、騒いでいる家族連れの子供は、自分が食べ終わっているのに、席を立とうとしない親に、うんざりしていた様子でいたが、ピアノに向かうクリスを見て、少し興味を持ったようだった。こちらを見て嬉しそうに笑った。期待してくれているのだろうか。 その子供の期待も背負って、その期待に応えなければ、とわくわくとこちらを見つめる子供に微笑み返して、大きく息を吸った。 ターンタタターン… 少し強めにスタートさせる。音を確認しながら、鍵盤に指をすべらた。 メロディが始まると、その子供は席を立ち上がり、ピアノへ接近してくる。 突如、流れ出したピアノの音に、子供、女性、そして、最後まで盛り上がっていた男性までもが、振り返る。 強弱が目立つ曲だ。 弾きなれた曲をいつもより、ピアニッシモも少し強めに弾いた。 段々と、周りの騒音が小さくなり、自分の音が、しっかり聴こえて来るのをきっかけに、譜面通りの演奏に切り替えた。 ――気持ちいい…… 完全にスイッチが入った。 それが表情や、動きに出てしまっているのは、自分でもわかる。これは一種の快楽だ。 ――あぁ、やっぱりピアノは良い…… 横目でアルノルドを確認すると、彼も笑顔になっている。 音楽は人を幸せにするものなのだと、改めて、実感していた。視界に入る人達はみんな笑顔だ。うっとりと聴き入ってる音楽に詳しそうな女の子や先程の少年は踊っている。 大きな光の中ではないけれど、鬱積した思いが解けていくような気がした。 ピアノを始めた頃、寂しさを紛らわす為にスタートさせた音楽だった。迷った楽器の中で教室の先生が薦めてくれたのがピアノだった。それでも、無心になって音楽を奏でることは、自分を落ち着かせるのに充分な力を持っていた。 ピアノが大好きだ。ギターも楽しいけれど、やっぱり、こうして曲を奏でると、それを実感する。 ゾクゾクと背筋に快感が広がっていく。耳で聞こえる音、騒音が段々と小さくなると、ピアノの音が大きくなりすぎていること。通常の楽譜通りに弾き方を替え、軽快な舞踏会の会場を彩るイメージで曲を奏でる。 なにせ「華麗なる大円舞」なのだから。 陶酔してしまいそうな、自分も踊っているような気持ちで鍵盤に指を滑らせていた。

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