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Inverse view 2
「…『yes』と答えた場合、こちらには、どんなメリットがあるんでしょうか?」
銃口はこちらに向いたままなのもあり、慎重に言葉を紡ぐ。しっかり指はトリガーにかかったままだ。
「キミが僕の手を取れば、萩ノ宮の呪縛から開放してあげよう。キミは自分の好きなように音楽の道を歩めることになる。それに最高の快楽を教えてあげることが出来るよ。
ただし、僕のそばにいることが、条件だけどね。身も心も捧げてもらう。」
この状況で、銃口をこちらに押し付けたまま、陶酔したように、謳うようにそんなことを言い出すこの男は狂ってる、とクリスはゾッとする。
「確かに音楽は好きです。けれどそれのどこにメリットがあるんですか?どちらの道を選んだって、オレには制限しかない。オレにはデメリットだらけのように思います。」
「とんでもない。キミは好きなように行動して構わないし、演奏家としてピアノを弾くのが嫌なら、それでも構わない。ただ、一度はステージに立ってもらうよ?約束だからね。僕はキミの輝く姿がとても好きなんだ。でも、嫌なら
僕の秘書として、恋人として、いろんな国を楽しめばいい。ピアノも好きな時に弾いてもらって構わない。」
――約束は果たしてやるさ、問題はその後だろ……
「僕はね、キミの容姿と、才能に惚れ込んでいるんだ。それは音楽に限ったことじゃない。キミは知っていたかい?あのコンクール会場に『プロフェッサー・リリィ』が来ていたんだよ?キミの演奏が終わったあと、嬉しそうに微笑みながら会場を後にしていたよ。
彼女も忙しい身の上だったと僕は思うけど、あの人を音楽で笑顔にできるキミはすごい人だと思ったよ。彼女をプロフェッサーにしたのは、ほとんどキミの実力だけどね。あの研究の大半をキミがしてたことを僕が知らないとでも思ってるかい?」
――ティティーのことは初耳だった。八雲が言っていた『見守られている』というのはそのことだったのだろうか……?
研究のことまで知られてることは疑問だった。
そんなにオープンにやってたことでは無い。論文だって大半は部屋で打ち込んでいたし、『彼女の部屋』にあったものが何故、クリスのものだとわかるのだろう?
「キミにとっては今日、知り合ったばかりの人間だろうけれど、僕が何もしてないと思ってるのかい?キミのまわりの諜報員を通じた報告を聞いてる限り、僕とは気が合いそうだ。直接会えない分、僕だって手を廻せるところは廻してるんだよ。
コンクールのステージでキミを見つけた時から、僕はキミに心を奪われたままなんだよ。キミのお爺さんに妨害されながらも、何年も手をこまねいていたが、辛抱強く待ったんだ。
僕はね、欲しいものは、必ず手に入れる主義なんだよ。」
ストーカーの本気を見せられた気がした……下手に金を持ってる分、性質 が悪い。
しかも言ってることも物が相手ならそれでも良いだろうが、こちらは意思のある人間だ。
こちらの意思など、どうでもいい、と言わんばかりの態度に若干、腹が立つが、何かを訴えても、たぶん、受け入れてはもらえないだろう。
すっと、冷たい指が頬を撫でる。背筋がゾクリとして、肌が粟立つ。
それが、恐怖なのか、なんなのか、その感情すらも、冷静に考えられない。
「……どうせ、オレに選択権なんて、与える気はないんでしょ?もう一度聞きます。『No』と言ったら、本当にあなたはどうする気ですか?」
「まずは、キミをこのまま拉致監禁……どちらにしても、キミの躰は味あわせてもらうよ。それでも、ダメなら、引金を引くよ……殺さずに、『yes』というまでね。まずは、問題のない左足からかな。足の一本が無くなったからって、僕の愛は変わらないよ?」
目の動きでわかる。この言葉は本気だ。
だが、ここで本当に引金を引く気はなくなっただろう。
「……あなたの言い分はわかりました。ただオレは心の整理と母の墓参りに、ここに戻ってきただけなんです。何があったか、なんてすべて承知の上のことでしょう?それなら何故、構うんです?こんなことで、心をかき混ぜられたいわけじゃないんです。
想い出に浸りたかっただけなんです。出来ることなら、放っておいて欲しいです。」
静かに、拒絶の言葉を舌にのせた。
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