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Inverse view 10
どれくらい意識を飛ばしていたのだろうか…
目を覚ますと、部屋は間接照明の仄かな灯りの中、クリスは、大切に抱きかかえられるように、アルノルドの腕の中にいた。アルノルドは静かな寝息を立てて、穏やかな表情で眠っている。
まだ、外は暗い。この部屋に入った時が夕暮れだったことを考えると、まだ夜か明け方なのは間違いないようだが、かなりの時間、抱かれ、意識を飛ばしていたのだろう。
自分が誰かの腕の中で目覚める日が来るとは思っても見なかった。日本の男性としては決して背は低いほうではない。けれど、アルノルドはそれよりも10センチは背が高いし、服の上からではわからなかったが、西洋人らしい、しっかりとした良い躰をしていた。程よく筋肉をつけていて、貧弱な身体の自分と比べると憎らしいほどだ。
ベッドはサラリとしていて、汗やお互いの精液でベタベタになってたはずの躰は清められていた。
そういえば、アルノルドはこの部屋にはベッドが2つある、と言っていた。
最初に抱かれたベッドではなく、もう一つのベッドに男二人で抱き合っているのだろう。正確には抱え込まれているのだが。それでも互いに全裸であることに変わりはなく、初めての状況に頭がついてきていない。
執着というものが、これほどに人を強烈にするものなのかと思うと、恐ろしささえ感じる。
『相手を殺したくなるほどの執着をする愛などいらない』
ティティーが殺された時、思ったことだ。
自分のものにならないから、殺して自分も死ぬなんていうのは、ただの自己満足であって、殺される方としては、迷惑以外のなにものでもない。
そんな執着を目の当たりにした今、どうしたらいいのか、わからなくなってきていた。両親から与えられた愛なんてない。誰かを心から愛し、愛されたのは一度きり。生涯、愛していこうと思った相手だった。
けれど、今は鬼籍に入ってしまった。だからといって後を追って死のうとは思わない。彼女の分も生きようとは思う。
あの厄介な媚薬による、躰の奥から沸き上がる『疼き』はまだ軽く躰の奥で燻っているが、だいぶ治まったものの、抱かれることに慣れてない身体は特に正常位が原因だろうが、起き上がろうにも全身が軋むような痛みに、表情が歪む。
――まだ、ケツになにかが挟まってるような……
変な感覚だった。女性は受け入れ態勢が出来ている分、こんな躰全体が痛くなるような、痛みに苛まれることはないんだろうが、どちらにしても『処女』を喪失した時には痛みは生じるものなのだから、高校を卒業したばかりの生徒に手を出したことの『因果応報』な状態なのだろうか。
けれど、同意の上だ。数回躰を繋げていくうちに、快感を拾うようになった躰は、少女から女に変わっていった。
そして今現在のクリスと言えば、色々な気持ちが入り混じって、複雑な心境だった。久しぶりに思い出に浸る為、失ったものを埋める為に帰省したというのに、また一つ、失ったものがある。一つで済めばいいのだが、どうしてこんなことになったのか、と思う。
誰が、どんな性癖を抱えていようが、偏見を持つことはなかったけれど、今日の今日まで、自分の性癖は『ノーマル』だったのだ。
薬の所為もあるけれど、信じられないほど、初めての同性とのセックスに乱れ、溺れた。
自分にその素質があった、ということが衝撃的だった。
こちらの意見など、関係ない、と言わんばかりの行為を強いた、目の前で気持ち良さそうに眠るこの男を、思い切り、殴りたい気分だった。
殴ったところで、今は全身が痛み力も入らない。今の自分の状況では、相手は痛くも痒くもないだろうが。顔は殴れない。痕でも残ろうものなら、世界中のファンに殺される勢いで責められるだろう。
相手が眠っている今がチャンスなのだが、逃げようにも、足腰が立つ気がしない。服も破られた。
憎たらしい寝顔を見つめていると、改めて、その端正な顔立ちを再認識する。フライヤーで見た時も思ったことだ。
――――これだけの美形なら、女も黙ってないだろ……なんで……オレなんだろうな……
元々、目鼻立ちは、西欧人独特の甘い綺麗な顔立ちをしている上に、表情は柔らかく、あの澄んだエメラルドグリーンの眸に更なる甘さを滲ませていた。
蠱惑的な唇は、ふっくらとしていて、柔らかい。
そっとその唇に指先で触れると、弧を描くように口角があがった。
間接照明に照らされた眸が、いつものエメラルドグリーンではなく、琥珀のような色合いになって、ゆっくりと姿を現した。
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