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Inverse view 17
「……まったく……なんて表情をしてるんだい?」
それまでの冷たい声色とは別人のような困ったような表情、低く艶のある声で、甘くクリスに語りかける。
今までに見たことのない表情をしていた。幼い子供のような、心許ない隙だらけの表情のまま、不安げに見上げるアルノルドを見つめる紫色の眸。ドキッと心臓が跳ねる。
「……だって…アルノルドがいないから……」
か細い声でゆっくりと視線を落とす。羽織っただけのバスローブの前は肌蹴ていた。
先ほど、抱きしめたままの、白い肌に所有の証を散らし、それを隠しもせずに、晒した姿で目の前に立たれては、また、欲情を注がれてる気がしてならない。
何度もこの手の中で乱れさせては、痴態を晒し、貪るように抱きしめて、刹那、欲望を満たしている気持になるが、すぐに喉がカラカラに渇くような渇望に襲われる。
抱いても、抱いても、自分が枯れるほど抱きしめても、全然物足りないのだ。想像以上にクリスが欲しくて足掻く。
喉から手が出るほど欲した人は、綺麗な花のように美しく、けれど、芯の通った、負けん気の強い、男らしい面を持つ反面、手に入れてみれば想像以上に純粋で、臆病な人間だった。
そんな、壊れ物を扱うような気持ちと、それを壊してしまいたい衝動とが混じり合う。
彼の不安定な心の隙間に入り込めているのは明白だった。目覚めて、アルノルドが隣で抱きしめてないことに対する不安が、表情に出ている姿が可愛らしくて仕方ない。こんなに人を愛しいと思ったことはない。
「……寂しくさせてごめんね?」
表情を出来る限り柔らかく作り、頬に手を添えると、猫のようにその手に擦り寄って、その綺麗な眸を閉じる。薄く開いた唇を、同じもので塞ぐ。
「……んっ……ふっ……」
漏れる吐息が、背筋をゾワリとさせる。
回された腕に、引き寄せられ、腕を腰に回し、片方の手で、体のラインをなぞり、乳暈を擽ると、ビクリ、と体を震わせた。まだ、抱かれ足りないのか?と思ってしまう。アルノルドもすっかりと興奮してしまっている状態であった。クリスにだけではなく、電話の相手に対しても、だ。
同じ『萩ノ宮』の血でも興奮する場所が違う。あのたぬきジジイと同じ血が1/4も流れてるとは思えない。1度DNA検査でもしてみようか?血縁じゃなきゃ、スッパリと縁切り出来るというのに、生い立ちが邪魔をする。
「君のココで僕の気持ちをまだまだ、味わって欲しい……いくら抱いても足りない……」
後孔に指を這わすと、『んんぅ』と小さな声を上げて、頬を染めながら、眸はアルノルドを求めている、と訴えていた。
ここ数日で、驚くほどに開花した躰からは、色気が溢れ出ている。合わせた唇の隙間から漏れる吐息に艶が混じり出す。まだ、開花したばかりの花は無防備だ。
彼が、望む、望まないに関わらず、この手の嗅覚に優れている者が、近付かない保障は全くない。
現に、ヴァルターは過敏にクリスを気に入り、口説こうとした。自分の前で口説かれるなら、牽制をかけられるが、日本に戻した後、この色気にあてられない輩が現れてもおかしくない。
男女問わずだ。けれど、クリスは女を抱いただけでは満足するような躰に教えてきてはいない。吐精だけで満足するような躰ではない。普通の男なら数人がかりで輪姦しなければ満足はしないだろうが、それではクリスの精神が壊れてしまう。
けれど、誘惑は付きまとうであろうから、それを優しい彼が、どう躱 していくのか、が心配でならない。根本は優しい人間だ。情に流されることが一番怖いことだと思う。
誰にも見せたことのない無防備なその貌を、この先も、誰にも見せるつもりもない。
自分が育て上げ、誰もが憧れる、美しい天才ピアニストに仕立て上げ、
手に入れたくても、手の届かない高値の花にスポットライトを当てて、輝かせる。
その花を愛でることが出来る、唯一の優越感。
彼を完全に手に入れるまでは、もう一息だった。
彼をベッドに引き戻し、ひとしきり抱いた後、抱き潰さず、いつものように腕の中にすっぽりと収まるクリスに決断を迫る台詞を投下した。
「ねぇ、クリス。僕と一緒に暮らさないか?」
目を瞠り、驚いた表情のまま、アルノルドを見上げた。
「……すぐに……とは答えられないけど……少し時間をもらってもいい?」
「僕としては、保障くらいは欲しいと考えているけどね」
クリスをどんどん追い込んでいく。困った表情なのは、萩ノ宮の家のことを気にしているからだろう。クリスは困った表情のまま、その約束を了承したのだった。
ただし、期限を決めるのは難しい、といいながら。
受験対策で英語の教師をしてるから……と。
なるべく早めにね、とアルノルドが促すと、ん……と返事をしながら、うとうとと、眠りに落ちていった。
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