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Inverse view 19
「……オレの……気持ち……?」
朝食の席で、改めて萩ノ宮学園との離別を決めさせる言葉を口にした。クリスの祖父のあの『たぬきジジイ』に理事から外れることを伝えることが出来るのかどうか、をだ。血縁者と縁を切れ、とは言わない。日本を離れてアルノルドと共に生きるということへの了承を得られる言葉を紡ぐことが出来るのか?ということだ。
明らかな戸惑いの色を浮かべるその紫の眸が、大きく揺れた。血縁者からの愛情を知らないクリスが血縁者を大事にしたい気持ちはよくわかる。けれど、クリスが不自由にしか生きられていない現実も知ってしまっている。
「そう。僕との新しい人生を選ぶと。僕はもう、キミを知ってしまったからね。僕はもう、キミなしでは生きていけない。キミは同じじゃないのかい?」
そう問いかけて、彼の眸を覗き込む。戸惑うことを隠すことなく伏せ目がちに
「……同じかどうかはわからない。でも今は……傍に居ないと……触れてないと不安だよ……」
その『応え』に満足気にアルノルドは微笑んだ。
「確かに、キミは、萩ノ宮の正当な後継者の一人だけれど、15歳までキミはキミの世界で生きてきたし、ピアノに関しても、キミが遊びで始めたものだろう?でもほんの僅かな期間でコンクールを総なめにしたキミの才能は、あんな小さな世界に留めておくべきではない。
少なくても、僕はそう思うよ?キミのピアノは、世界に届けるべきだと。望んでるのは僕だけじゃないはずだ。」
見つめ合う眸が揺らぐのは、アメジストのような紫色の眸だけ。アルノルドの眸は、揺らぎなく、クリスの眸を捕らえて離さない。
「キミが、僕を選んでくれれば、萩ノ宮の呪縛から逃れることが出来るんだよ?キミの大好きなピアノを好きなだけ弾くことが出来る。それに、僕を満たしてくれるのも、キミだけなんだ。君のいない人生は考えられない」
甘い誘惑だった。
アルノルドの言う通り、萩ノ宮に囚われている限り、前進することはないだろうし、自分を偽って生きることになるだろう。
一生コンタクトを入れ、ウィッグをして生徒の前に立つ。日焼けのできない肌で。
本当の自分を置き去りにして。学園にいる限り、自分の眸の色や、髪の色を晒すことはないだろう。それを祖父が許さないからだ。眸や皮膚は日差しに耐えられない。
いつか、祖父が他界したとしても、日本人に近づけた色から、外人に変わってしまうことが、即座に出来ることではない。
なにより、祖母とも仲良くなれた。今は父や母が住むはずだった離れで生活をしていることが増えた。ディナーの後のティータイムのピアノを楽しみにしてくれる祖母を捨てることだけが心残りだ。
少なくても、大和撫子である祖母を裏切りたいとは思わない。
強くはないが、芯がしっかりしていて、夫の3歩後ろを歩く、というのが相応しい祖母を見ているのは、とても新鮮で日本人女性の良い部分をたくさん見せてもらっていると思っている。
祖母はそれでいて、洞察力もなかなかだった。
けれど、間違いなく年功序列でいけば、祖父や祖母は先立ってしまうだろうし、それを間近で見送る勇気もない。
母の葬儀、埋葬には立ち会えなかった。
聡美の葬儀、荼毘、には同席させてもらえたが、それはそれでかなり辛いものがあった。
荼毘の後の高熱の中、粉々になって原型を留めていないそこにある『灰』とわずかばかりの『骨』が、愛した相手なのだと思うと、切なくて胸が締め付けられる思いでいた。
萩ノ宮にいれば、たとえ、一人になったとしても、自分の居場所を失うことはなくなる。立場は弱くなるだろうが、萩ノ宮の教師という居場所は確保されるが、アルノルドの手を取らない選択肢もない。
クリスのその戸惑いの中にあるものに気付いたアルノルドは、再度、『あの言葉』を告げた。
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