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Inverse view 22
「おかえり。彼は、知らなくてもいいことをたくさん知ってるみたいだね。」
アルノルドは、戻ってきて席に着くクリス越しの、ダニーを横目に、ニヤリと嗤う。ダニーの裏の顔が情報屋なのだと知っているのだろう。
「……だとしたら、なに?」
警戒心を隠そうともせずに言葉を返す。
「妬けるね。そこまで彼の存在は大切?」
「本当に世話になった人なんだ。ガキの時の話だけど。オレが生きてるのはあの人がいたからだと言っても過言じゃない。言っただろ?銃口を向けられるのは初めてじゃないって。3回だ。アルノルドで4回目。その3回全てダニーに助けてもらってる。命の恩人だよ。まだ、その恩を返してないんだよ、オレは。」
「では、僕も感謝しなきゃいけない人だね。」
やっとアルノルドの威嚇も、なりを潜めてくれたようだ。
アルノルドの行動が読めない今、ダニーを守れるのは自分しかいない、とクリスは思う。幸せを築き上げてきた家庭を壊すつもりなら、こちらにも脅し文句はあるのだ。
クリスがそんなことを考えていることに気付いたのか、アルノルドは微笑みながら、
「安心して。キミが嫌がるようなことはしない。僕たちのことを邪魔しなければね。助言なんて必要ないことなのだと、釘を刺すくらいさ。」
もし、ダニーの言葉が本当なのであれば、脅しに近いことを言われてしまうのではないだろうか?下手なことを言われて、ダニーの死活問題になっても困る。
「オレから、きちんと話すから、ダニーには、なにもしないでくれ。」
「キミがそう言うなら、仕方ないね。」
冷たい眼差しで、ダニーを横目でみてから、クリスに微笑む。それが少し怖い気がしてならない。
「それに、なにか意図があって、ここに来たんだったら、事前に教えてくれないかな。間に入る身としては、心臓に良くない。」
軽くアルノルドを睨むが、そんなことはお構いなしだというようにアルノルドは
「悪かったよ。ここへ来たのは、興味本位かな。僕の知らないキミの過去を知ってる人間の一人として、会ってみたかったのと、彼の裏の職業のことも、もちろん知ってる。
僕らの業界でこの店を知らない人間はいないからね。彼のお爺さんの時代から、この店は、色んな情報が飛び交っている。いいことも、悪いことも含めてすべてね。
でも、彼ら自身はそういったことに関わりは持たないし、あくまでも、情報交換と、伝達が仕事の一環だ。」
想像していた通り、ダニーの裏家業を知っていた。アルノルドの情報網も半端ないが、互いに裏の顔がある、ということを、アルノルドも認めたことになる。直接、アルノルドからは聞かないけれど、いずれ、時がくれば、そのことにも触れることがあるだろう。
――――今は、知らない方がいい。知るべきではない。
例え何者であろうが、アルノルドは世界中のステージで、光を浴びてタクトを振っている指揮者であることには変わりない。
ウェイトレスに運んできてもらった食事に手をつけながら、一緒にワインを飲む。この店で本格的な食事をするのは初めてだったが、口にするもの、すべてが美味しい。ボストン近くの公演の際には、また、ダニーに会いにこようと思った。
「話は変わるけど、キミの出した条件。お爺さんから、承諾が得られるといいね。」
そんなことはどうでもいいのだと言いたげな眸で、頬杖をつきながら、アルノルドは微笑んだ。
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