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Inverse view 24

『どこに行ってたんですか?皆さん心配していたんですよ?誰にもなにも告げずに、どこかにいくなんて、どういうことですか?社会人として、失格ですよ。 それに、携帯電話くらい持ち歩いてください。何度連絡しても、繋がらないと思ったら、まきなさんが出られて、数週間戻っていないっていうじゃないですか。 携帯電話は持って歩くから携帯電話なんです。家に置いといたら家電というんですよ!! いったい、どこに行ってたんですか?!』 掛けなれた携帯番号を空港の公衆電話からコールすると、さすがに公衆電話からの着信を、不審そうな声で受けたものの、相手が昂輝だとわかり、ガラリと口調も態度も変えて、矢継ぎ早に、質問を投げかけてきた。その勢いに負けて、一言しか返せない。 「……あ~、母さんとティティーの墓参りに……」 空港に着いて、最初に連絡を入れたのは、父と同棲をしている、真嶋の携帯だというのが、自分の立っている場所が、危ういものなのだと思い知る。 真嶋はその母親と父親を引き離した張本人だ。祖父から依頼され、帰国したばかりの父に一目惚れして萩ノ宮について、あれこれレクチャーしているうちに、焦れていた真嶋が父を躰から崩していったのだ。1回のセックスで見事に堕ちた父は、2回目は父の方から真嶋を求めたという。 その後は、好みのセックスを要求し、真嶋も父も互いを求めてやまない存在になったという。あのおとなしい父が、その時だけ、饒舌になるというのだから、不思議なものだ。所謂、タチでありながら、ネコである真嶋に調教されたのは父の方だったのだ。真嶋の末恐ろしさを知った気がした。 久しぶりの日本語を、思い出しながら話しているものの、なんだか、たどたどしいものになる。 『とにかく、一度、萩ノ宮の本邸に、立ち寄ってください。こちらも向かいますので。出来る限りのフォロー入れます。ところで、今はどちらに?』 テキパキと指示を出していく真嶋は、やはり頼りになる存在だと思う。 「……成田空港……」 口篭るような、バツの悪い口調で答えるものの……まるで、悪さをした子供のような気分だった。 『成田空港……帰国したばかりですか……2時間はみておいた方がよろしいですね。本邸の方には、私の方から連絡を入れておきましょう。お爺様とお父様に絞られる覚悟は?』 こんな意地悪な質問でも、真嶋相手なら、当たり前に流せるし、素直に応えることも出来た。 「……ある程度は、固めてきたよ。なぁ、真嶋、オレ、萩ノ宮を捨てるかも。」 刹那、真嶋が息を飲んだような音が、受話器越しに伝わる。少しの間を置いて、 『……里帰りでなにかありました?また、研究職に戻るのですか?』 「……そっちには戻らないよ。オレのしていた実験はすでに発表されてるし、今更求めるものもない……かな……」 『……では……音楽を選ぶのですか?いったい何があったんです?』 と、真嶋は静かに問い返した。 「ちょっとしたステージを経験してきた。やっぱり、教壇に立つより、ピアノを弾いてる方がオレらしい、って気がした。」 『……誰に会ったんですか?その相手に何か言われましたか?責任感の強い貴方にしては、今回のアメリカ滞在は長すぎると思ってますよ。 帰る家もないのに、カードを使ったのは成田だけの記録になっていました。何かがあったと推測してますが、私の予測としては、アルノルド・シュレイカーに、なにか唆されていませんか?』 アルノルドの名前が出てきたことに、驚きを覚えたが、祖父に妨害されてきた、とアルノルドが言っているのだから、真嶋が何かを知ってる可能性があった。 確かにアルノルドとの接触はあった。接触と言って良いレベルではないほどに。 「とりあえず、話は帰ってからするよ。土産はないからね。期待はしないように」 『わかりました。お土産話を期待しています。ただ、説教の覚悟だけはもうちょっと固めた方が良さそうですね。私は昂輝さんの決めたことであれば、その道を進むことがいいと思いますよ。一度きりの人生ですから、貴方は失った愛する人たちの分も自由でいるべきだと思いますよ』 「じゃ、また、あとで」 『はい。お待ちしております』   受話器を戻し、東京方面に向かう特急列車のホームへと足を向けた。

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