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Inverse view 25

最寄の駅に行くより、バス停の方が近く、本家から一番近い大型ステーションから、バスに乗って行く方が早いので、本家方面に向かうバス停に向かっていると、クラクションが聞こえる。その方向に反射的に目を向けると真嶋が、車で迎えに来てくれていた。 「このコースを使うと思っていたので、ここで待機していて正解でした。昂一様はすでにご本家の方で待機しています。理事長も奥様も大層心配なさっていたので、まずは、みなさんに謝ってくださいね。 それと、昂輝さんの意思の確認と、昂輝さんのお話の整理をして、きちんと納得してもらえるように、到着までに話をまとめておきましょう。 私は賛成も反対も出来る立場でもありませんので、中立の立場でお話をしたいと思いますが、理事長は考えが古く、固い方ですから、それなりの言葉を用意しなければならないかもしれませんね。」 真嶋には、軽くしか伝えていない情報から、何かを読み取って、先回りしてくれていたことには、驚きと感謝としか言い表せない。 「それで、アルノルド・シュレイカーは、どんなアプローチをしてきたんですか?」 「……最初は道を聞かれた。その前の日から食事をしてなかったから、頭もあまり働いてなかったんだ。土地勘がないのと、英語に自信がないからって案内してくれ、って言われて案内したんだ。 そしたら、食事に誘われて、でも、その日の宿泊先も決めてなかったから、最初は断ったんだ。自分の部屋にはベッドが2つあるからって招待をされたんだけど、食事して、頭がはっきりしてきて、そこで相手がアルノルド・シュレイカーだって気付いた。 そこの店にたまたまピアノが置いてあったんだ。すごい賑やかだったんだ。でも、そこの店にあったピアノで、全員からスタンディングオーベーションを受けたら、アルノルドの曲をアルノルドの為だけに、ステージで弾く、という約束で、もし、全員からのオーベーションを得られなかったら、アルノルドがオレの言うことをなんでも聞く、って。だいたいからして、アルノルドのことを良く知らないオレに、アルノルドに要求することなんて、思いつかなかったんだけどな。 結局、全員からのスタンディングオーベーションを受けてしまったんだけど……」 そこで言葉を詰まらせてしまった。本当のことをすべてぶちまけたら、どんな反応をするだろうか?ある意味、アルノルドがしたことの大半は、犯罪だ。けれど、自分がそれを受け入れてしまった以上、その先に待つものがなんなのか、はわからない。 「……オレが想像していたのは、ステージは1回きりだと思っていた。けれど、アルノルドの言葉には裏があって、生涯、アルノルドのためだけにピアノを弾き続けて欲しい、という意味だったっていうのを後から知ったんだ。 どうやら、ポーランドの入選の時のステージを観てたらしくて、一目惚れされたらしい……」 「一目惚れですか?才能を?容姿を?まぁ、昂輝さんが普通の姿でステージに上がれば、確かに色んな意味で目立ちますからね。まぁ、わかるような気はしますが、どちらでした?」 なんだか、楽しそうな真嶋の口調は半分冗談でも言っている気分なのだろう。 「……両方らしい。アルノルドのところで住み込みでレッスンを受けることになるかもしれない。 どちらにしても、オーストリアでしばらくは生活をすることになると思う。普通にピアノを習いに行きたいんだ。 アルノルドとそのSSも英語が堪能だから、しばらくの間は、通訳してもらう形になると思うけど、そのうちにドイツ語も覚えなきゃならないと思ってる。たぶん必要になるだろうから。 色々と面倒なことはたくさんあるけど……」 「それだけですか?アルノルドとはどういう関係になるんです?なんだか、途中経過をすっとばして話されてる気がしてならないのですが…… それだけの関係なら、3週間も滞在する意味はあったんですか?3週間、アルノルドと何をしてたんです?すでにピアノのレッスンでもしてたんですか?それとも、貴方がアルノルドにこだわるような何かがあったんですか?」 そこをクリアしないと、真嶋の意見を求められないだろうと思うが、おのずと顔に血液が集中していくのがわかる。完全に赤面状態になったのをバックミラーで見た真嶋は察したかもしれない。 「アルノルドと寝たんですか?」 真嶋のあまりにもストレートな質問に、咳き込んでしまう。肯定したのも同然だ。 「……スタンディングオーベーションの後に、ホテルの部屋に逃げ込んだんだ。すごい騒ぎになってしまったから。でも、ホテルの部屋に入ってすぐに、後頭部に銃を突きつけられた。抱かれるのと、死ぬのと、どっちを選ぶか……って。でも、結局、媚薬を使われたから……」 「まぁ、アルノルド・シュレイカーは有名であれだけの容姿にも関わらず、浮いた話はなかったんですよね。一部の間では、ゲイだという噂はあったんですが、本当だったんですね。その間に、すっかりと調教されてしまったんですね。ネコの気分はどうです?本当のところは離れがたかったんじゃないですか?」 「嫌な聞き方をするね。まさか、自分がそっちの適正があったなんて思いもしなかったよ。アルノルドは演奏家としてではなく、オレ自身が傍にいればそれでいい、とは確かに言ってた。けど、それじゃ対等ではいられない。 ピアノを弾くのは元々好きなことだし。今回の穴埋めも兼ねて、やることはやってから海を渡ることにする。お婆様には悪いと思ってるけど。父さんには真嶋がいれば問題ないだろ?問題は理事長だよな。やっぱり。」 「そうですね。音楽に関しては、理事長は全く関心を持っていないですからね。それに私のこともありますから、昂輝さんまで跡継ぎが望めないとなると、どんな意見が出るのか、目に見えてわかるような気がします。 けれど、昂輝さんは、アルノルドとの人生を選びたいと思っているのでしょう?一度しかない人生です。どんなことがあったとしても、乗り越えていける自信はありますか?ピアノを選んで後悔をしない、と言い切れる人生だと思えますか?」 真嶋の質問に、胸が締め付けられるような気がするのは何故だろう……? 「そうしたいと願ってしまった。あれだけ、良くしてもらったのに、裏切るようなことをしてしまう。」 躊躇いがちに告げる、懺悔のような言葉に、真嶋から、フッと、軽く息を吐く音が耳に届く。 笑った? 「あなたは以前、恵理子とのセッションの時に、同じことを私に聞きましたね?『萩ノ宮を裏切っても赦されるのか?』と。 私は、その時と思うことは変わりません。 それが最善だと判断したのなら、それを、貫き通しなさい。あなたは、それが赦されるだけの『価値』のある人だと、私は思います。 萩ノ宮は、閉鎖的です。新しい世界を求めることをしません。ですが、あなたは、こんな小さく、狭い世界で小さく生きるような人ではない、と少なくとも私はそう思いますよ。」 欲しい言葉をくれる。真嶋はやはり大人だと思う。 そして、自由に音楽をすることを許されない萩ノ宮では、クリスの思うとおりにはいかないのだと、そう言葉にしなくても、伝えてきてるのだ。 決意が、前向きなうちに、決戦に備えたい。こういうものには、勢いもあるからだ。 ただでさえ、揉めることを考えても、接触するな、と言われていた、アルノルドのことを話さなくてはならないことが、なおさらに、気が重い。けれど避けては通れない。 自分が決めたことだ。そこを含めて、徹底抗戦せねばならないだろう。 アメリカでは、自分で何かをした、ということが、ほとんどなかった。何かしらの判断も、全てアルノルドかしてきたのだ。 この先、そういうことも多くなるだろうが、甘え尽くすつもりもない。 「……真嶋が味方になってくれるなら、なんとかなるかなぁ……」 「そのご期待に沿えればいいんですけどね。私はあくまで秘書という立場上、中立でなくてはなりません。個人的な意見とは別に、どちらかと言えば理事長側の人間ですからね。」 真嶋はそう言って薄く笑った。

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