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Inverse view 26
萩ノ宮本邸に辿り着くと、真嶋から連絡を受けたと思われる祖父は、今まで見たことのない、険しい表情で、応接間のソファーに腰掛けている。父は関係ない、という表情で祖父を完全にスルーしている。
ドアを開いたマキナを確認して、その後ろに立つ昂輝に、視線を移した。怒鳴り散らす訳でもなく、けれど、重い口調で、わざと責めるような言い方をした。
「……何をしていた?何故、許可なく日本を離れたのか、説明しなさい。」
すでに成人して、社会人にもなっている人間に言う言葉ではないな、と心の中で、舌打ちをしてしまう。
実際に目の前で舌打ちなどしようものなら、話し合いにもならないだろう。
――目線を逸らしては、勝機はない。
まっすぐに、祖父を見据えて、口を開く。
「アメリカで恩師と母の墓参りをしてきました。日本を離れたのは衝動的に。頭を冷やしたいと思ったからです。」
その言葉が気に障ったのか、一層、眉間のシワが深くなる。
「頭を冷やす?何の為に……?」
片眉が上がる。完全に見下した態度が、はっきりと見えた瞬間だった。
対等でいたいとは思わないが、そのあからさまな態度に、カッと腹の中が熱くなる。
「母が亡くなって、恩師も亡くなって、交際していた人も亡くして……もう、気持ちが完全に疲れきってました……
社会人として、責任放棄をしたことは反省しています。
けれど、オレにだって、会いたい人がいるし、一人になりたい時間だってあるんです。ずっと帰ってなかったんです!!墓参りの一つも許されないんですか?!今回の帰国は、オレにとって有意義な時間を、過ごせたと言ってもいいくらいです!!」
「……有意義……?それはどんな時間だ?おまえは、アメリカでの入国を最後に足取りが途絶えていた。ホテルに滞在した形跡もなければ、買い物や、食事すら、自分の金を出してはいないだろう?
カードの履歴すらない。母親が死んで、ルームシェアしていたあばずれ女も死んでる今、おまえの滞在するような場所はないだろう?
…………改めて聞こう。どこで、誰と一緒にいた? 」
ティティーのことを『あばずれ』と言った。間違ってないけれど、面識もなく、すでに死去してる相手に対して言う言葉ではないと思うし、侮辱される覚えもない。
ただ、今はややこしくなることは避ける為、敢えてそこはスルーした。結論から言うと話を聞いてもらえそうになかったから、まずは経緯から話すことにした。
「空港から街までは、現金で移動しました。街で偶然他国から来て、迷って困っていた人がいたので、道案内をしました。
最初、会った時はわかりませんでしたが、一緒に食事をした時に相手の素性を初めて知りました。その時に意気投合して、その相手の部屋を間借りしていました。
アルノルド・シュレイカーと音楽について話し合いをしながら、滞在していました。」
最後の言葉に突如、祖父が立ち上がり、昂輝の頬を思いっきり叩いた。何の準備もしてなかった身体は簡単に飛び、1メートルほど横に飛ばされた。
即座にそんな昂輝を受け止めて支え、床ではあったが、座らせてくれたのはマキナだった。まだ、言いたいことは言えていない。一発殴られたくらいで立てなくなるような育ち方はしていない。再び祖父と向き合った。
「あれほど、アルノルド・シュレイカーと関わるな、という、わしの忠告を無視してアルノルドと一緒にいただと?よくそんなことをおくびもなく言えたものだ。しかも、アルノルドと関係を持ったそうだな。」
その言葉に顔から血の気が引いていくのがわかるほど、顔から体温が引いていく。
「アルノルドが自信満々におまえを音楽の道に連れて行く、といつも言っていたが、決めるのはおまえ自身だと、双方合意の上で話ではあった。アルノルドの噂は知っていたし、大事な跡取りの1人を攫われるのは本意ではない。
会うことさえなければ、おまえはこのまま萩ノ宮で安泰に生活し、優秀な女性と結婚して、子供を作る、それが自然の摂理というものだろう?」
アルノルドは確かに祖父に妨害されている、とは言っていた。関係を持ったことを知っている、ということは、あの夜、電話をしていたのは、祖父だったのだろう、と推測が出来た。しかし、その言葉は失言だ。
「決めるのはオレで双方合意?オレは何も聞かされていませんでした!!
理事長がオレを雁字搦めにしただけですよね?
いくら言いなりになってたからといって、理不尽じゃないですか?自分の人生を選ぶ権利は自分以外に誰にあると言うんです?優秀な結婚相手とは誰のことですか?
この先のオレには恋愛の自由さえないんですか?ほかの従兄弟たちにあることが何故オレにはないんですか?
オレは不自由になる為に日本に来た訳じゃない!!実際、あの時、面識はなかった彼が日本公演に来ていた間、個人行動を禁じていたのは理事長の命令でしたよね?
純粋にオレはあの公演は観に行きたい、と思って申し出をしても許可をいただけませんでした。でも、もし行ったところで本当にオレにとって彼は知らない人でした。
そこで話をしていたら、今回のようなことにはならなかったかもしれませんね。生徒の付き添いも兼ねてたので。
それにオレが求めているのは、そんな安泰なんかじゃない!!最初に出会った時には本当にアルノルドだと知らなかったんです。顔だって碌に知らなかったんですから!!
けれど、彼の音楽論や、その姿勢は尊敬すべき点がたくさんありました。
オレはピアノを弾くことが楽しいことなのだと、アメリカで再確認しました。アルノルドが云々ではなく、自分で音楽の道に進みたい、と思いました。
すぐ、とは言いません。今の自分のやるべきことをすべて片付けて、それから、オーストリアにピアノ留学をしたいと思っています。」
これでもか、と勢いをつけて、とにかく捲し立てるように言いたいことを全て吐き捨てた。
祖父の手がまた、昂輝を叩こうと上がった時だった。今度は飛ばされないように身構える。
「お待ちなさい!!」
凛としたその声の主は祖母のミヨのものだった。
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