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Inverse view 28
祖父と話している間、血が頭にあがっているのか、下がっているのかすら、わからないほどの眩暈がした。
無断欠勤に気付いた後に、とりあえず、国外に出たことを調べあげ、目的地まで調べあげたけれど、入国を済ませると、持っていた円をドルに換金して、空港から電車とバスを乗り継いだ。
支払いは現金で足りていたし、ダニーの店と花屋で小銭を使ったくらいで、それ以降の支払いは全てアルノルドがしていた。ホテルの部屋は元々アルノルドがとっていたし、外出の時には、手荷物を持たせてはくれなかった。
昂輝が、突然帰国することを避けてのことだろう。
そして、この祖父に、強制送還させない為に、足取りを敢えて断ち切っていたのだ。
アルノルドが、昂輝……クリスを捕まえたこと自体、かなりの計画的犯行なのだと、今さらながらに気付く。
――なにもかもに、眩暈がする……
もっと時間をかけて、ゆっくりと納得してもらう予定だったが、うまく頭が回らない。それなりの言葉を用意してきたはずだった。けれど、祖父は想像以上のワンマンな考え方の持ち主だった。
言葉を選ぶ余裕すらなかった。密かにアルノルドと連絡を取っていたとも思わなかった。
クリスとアルノルドの関係を知って、なお、祖父は嘆かわしい、と言わんばかりに、額に手を当て首を横に振った。そして、アルノルドとの縁を切り、萩ノ宮の理事に名を連ねろと言い出した。
『萩ノ宮』を捨てる覚悟で、この場にいるというのに。
人の話を聞いてくれていない。
その事実に打ちのめされ、握った掌に力が入り、僅かに震えていた。爪が食い込むほど強く握り締め、屈辱に唇を噛む。
――これじゃ、いつまで経っても平行線だ。
こちらの話を聞き流した上で、萩ノ宮の跡取りの一人だと言い放った。
その話は聞かなかったことにするつもりなのだ。祖父の考え方は古いとは思っていたけれど、ここまでワンマンに物事を捉えるのは、血族経営故の結果なのだろう。
母の死後、身元を引き受けてくれ、金銭面では、かなりの援助をしてもらった。
幼い頃、貧しかった身の上だけに、決して、無駄遣いをしてきた方でもないけれど、好きなことをさせてもらってきたのも事実だ。
けれど、日本に来て、言葉も文化も違う国で、土地勘もなくて慣れないことが多かったあの頃より、今の方がよっぽど自由がなくて窮屈で不便だ。
萩ノ宮の理事に名を連ねる、などと言いながらも、萩ノ宮の姓すら名乗らせてもらえず、人としての尊厳すら与えられない場所で、一生、飼い殺しにされるなど、まっぴらゴメンだ。
けれど、それでもいいと思えた時期もあった。
だから、従順に、祖父の言う通りに、出来る限りの教員免許をとった。
他の叔母夫婦や、従兄弟たちを見ても、自分の立場が、安定を約束されたものであるが故に、努力などをせずに、のうのうと暮らしている。
真嶋の言う『閉鎖的』な空間から、外の世界を知ってしまったが為の、自由への渇望だということもわかっている。
今後も、自分には、なんの権利もなく、ただの消耗品としか思われてないのだと思うと、惨めな気持になる。このままここにいたら、間違いなく従兄弟連中からも見下されて生きていくことになるだろう。
だから、狭い檻の隙間から、空を自由に飛ぶ鳥へと、手を伸ばしてみたいと思ったのだ。
それが、わがままなことなのだろうか?
その隙間から、拾い上げてくれる手が伸ばされているというのに。その手を取ることも許されないのだろうか?
けれど、その檻を開けたのは予想外の祖母だった。伸ばされた手をすぐに掴むことは出来ないけれど、祖母は帰る場所を与えた上で、自分を試して来ていい、と言ってくれた。恩返しは必ずする、と心に誓った瞬間でもあった。
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