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Inverse view 29
「……おまえ自身はアルノルドとのことをどう思ってるんだ?ただ、ピアノのレッスンを受ける為だけにオーストリアにいくわけではないだろう?彼はお前のことを好いてるんだろ?」
重たい口をやっと開いたと思ったら、父が聞いてきた質問がそれだった。
「……正直、それだけじゃない。上手くいけば最終的には生活の基盤自体を移すつもり。すぐじゃないけど。名前はあっちでも通用するし。
アルノルドとはたぶん一緒に暮らして、一緒に生きていくことになっていくんだろうけど……
オレは厄病神だから、親しくなればなるほど死なないか心配にはなるけど……でも、アルノルドはオレより1秒でも永く生きてくれるって…その言葉がすごく嬉しかった。
今は……アルノルドがいないと生きていけないかもしれないけれど……」
「父子揃って、男を愛してるだと?全くもって嘆かわしい……」
「嘆かわしいかどうかを判断するのは、お父さんではないと思いますよ。恋愛は自由な時代なのです。略奪であるならわたくしも反対致します。けれど、他とは違うから道を外れてる、とは私は思いません。昂輝さん、貴方はアルノルドさんという方を愛していらっしゃるの?アルノルドさんは貴方を愛してくれてるの?」
祖母、ミヨが口を挟む。急遽、話がこちらに向いて驚きのあまり、コクコクと頷いてしまう。
「愛し、愛されているのなら、良いじゃありませんか。ただし、昂輝さんが不幸になるようであれば、私が赦しません」
きっぱりと言い切った祖母の姿を見て、眸が潤む。
「馬鹿馬鹿しい。話し合いではなく、ただの報告ではないか。そんなことの為に時間を作ったというのか?
やはり、おまえはアデリアの血を引く子供だ。
何故『萩ノ宮』を拒むんだ?何を吹き込まれたんだ?どうせ、碌なことは言わんだろうな」
「……どういう意味ですか?いくら、鬼籍に入っているからと言って、母を愚弄して良い理由にはなりませんよ?
それに母から『萩ノ宮』のことについては、何も聞いていません。大体からして、自分のミドルネームのKについても、父の名前さえオレは知りませんでしたよ?あの事件の後、真嶋からミドルネームも父のことを知らされたくらいですから、父のことも何も言っていません。
唯一言えることは、母は父から誕生日にもらった、という置物だけは、ずっと大切にしていましたよ」
「昂輝を引き取りたい、と言ったんだ。息子と離れるのがイヤなら、おまえが今、使ってるあの離れを使え、と改装までしたのに、頑なに拒んだんだ。あのあばずれは……」
「母には、新しく言葉を覚える気力もなかったんだと思います。気候も文化も全く違う国ですし。母にはなにか隠されたものがあったんだと思います。確かにアメリカでは堕落した人生でしたけど、母も留学生で、自分の国を捨てて、オレを産んで国籍もとれたし、アメリカで生活をしていくんだと父さんと約束していたんだと思うんです。待ち続けたかったんだと思います。オレの存在があったから。
でも、待てど暮らせど、父さんは帰ってはこなかった。父さんを責めてるわけじゃないけど、だからといってそれをオレが知ってた訳じゃないんですよ。
オレ自身も、飛び級で大学に行ってた所為で、母さんには食事を運ぶくらいのことしか出来ていなかったし、やっと吹っ切って出来た彼氏にも、子供がいるなんて聞いてないって捨てられて、自棄 になってたんだ。オレ自身は、すでに手のかかるガキじゃなくなってたはずなのに。
元々、アル中専門の病院には何度も預けては、脱走して、飲みまくってクダを巻いてた。うつ病にもなってたから、先に酒を絶たないと、薬を飲ませても、副作用でどうなるかわからなかったし……
それでも、母さんを責められますか?追い詰められて、あの日、いつもより深酒をしていたんだ。ウィスキーをボトルからストレートで飲んでたんですよ?
真面目に話したくて酒を取り上げたら激怒して酒瓶を取り戻すのに揉み合いになったんです。その時にオレが倒れた拍子に……ストレスで限界も来ていたんだと思いますけど……首を絞められました。
そこでオレの記憶は途切れてます。母が死んでからも、肉親には縁を切ってるからって、遺体の引き取りも遺品の引き取りさえ拒否されて、弁護士にすら、自分たちの居場所を息子にも教えないで欲しい、と言ってきたそうです。
オレは母さんの両親も兄弟のことも、何一つ知らない。
絶縁してると言うなら今後も知りたいとは思わないけど。」
「逆に聞こう。おまえがアルノルドの手を借りて、有名になったら、おまえの過去を取り上げたり、アデリアのことだって調べられる。それに昂一のことだってどうする?おまえが黙っていたとしても、話がどこから漏れるかわからない。おまえは萩ノ宮を潰す気なのか?」
「潰す気なんてありません。出来る限り、萩ノ宮のことは隠します。まず、オレには日本人要素がほぼありません。否定すれば、信じてもらえるでしょう。ただ、日本にいたことは否定出来ませんが、音大の名前もクリストハルトで取ってるので、問題はありません。コンクールもそっちの名前で通ってますから、問題は無いと思います。
戸籍をまずは独立させます。戸籍を遡られてまで調べられたら言い訳は難しいかもしれませんが、オレは日本で育ったわけでもいし、萩ノ宮の姓も名乗っていません。
ご迷惑はかけません。どうか許してください」
昂輝は深く頭を下げた。
祖父は「勝手にしろ」と吐き捨てて部屋を後にした。
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