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マキナ

マキナ=machina - ラテン語で「機械」の意味。英単語の「machine:マシン」にあたる。 『………以上、報告を終わります。』 『ご苦労さま。君の任務完了だよ。君の家族についている暗殺者から君の家族は開放される。それは僕が保障するよ。お疲れ様。いつも報告を受ける度に機械のようだと思っていたが、クリスと会ってからずいぶんと人間っぽくなったじゃないか。僕が見初めた相手はとても魅力的だろ?』 『はい。ありがとうございます。アルノルド様のご尽力に感謝致します。 私には人間らしい感情が乏しいからこその、コードネームですから、コードネームについてはお気になさらないでください。 クリス様には初対面から驚かされてばかりでした。あんなにカラフルな方にはお会いしたことがありません。』 紡がれる言葉は、今、彼女のいる国では、なかなか使われない言語だった。現在、屋敷にいる人間には、電話をしていることを理解しても、会話の内容までは聞き取れないだろう。 家族を人質にとられ、スパイとして訓練された彼女が『萩ノ宮』家への、スパイとして、送り込まれたのは、アルノルドが彼女を指定したからだ。彼女の容姿と語学力が、その決め手となった。昂輝が、アルノルドの元へ行くことが確定し、その任務が終わることを、国際電話の相手への、義務を果たすためだけの会話だ。 本来、彼女の家族が狙われていること自体がアルノルドのしたことではないので解放するもしないも父親が判断することだが、彼女の忠誠心が確実に父に向いてる今、その必要がなくなっている、というのも解放の理由の一つだ。その解放を条件に萩ノ宮家に潜入させたのは、アルノルドだったけれど。 『それと、もう一つ、君自身の望みを聞こうか、カリーナ・レ・フォルゲ』 コードネームではなく、彼女を本名で呼び、アルノルドの気まぐれな質問に声色を変えることなく 『昂輝さまが欲しいです。奥様は、あの方が不幸になられることを、一番に嫌がります。 万が一、アルノルド様に捨てられるようなことがあれば、私も赦しません。もし、そうなさることがあるならば、最初から奥様の目の届くところにいらした方が、一番だと判断致します。』 受話器の向こうから、フッと、鼻で笑うような息遣いが聞こえてきた。そして 『僕がクリスに飽きるって?!アハハハっ、それは絶対にない。僕の生涯のパートナーは、彼しかいないんだよ。彼を泣かせるようなことは絶対にしない。 それに、彼は、もう、女は抱けないよ。』 『……試してみても、よろしいですか?』 静かに語るその言葉に、アルノルドは少しだけイラッとするけれど、それを表面に出さずにカリーナへ言葉を返す。 『いや、それは遠慮しよう。君がどれほどの手練かは知らないが、下手なことをして、彼を傷つけたくないんでね。あぁ見えて、君も知ってる通り、彼は繊細だ。 僕にとってクリスは、自分の命より大切な人だ。僕だけの宝物を、見せびらかすことはあっても、誰かに譲るなんて選択肢は、絶対にあるわけないんだよ。 だから、その望みを聞き入れることは、絶対に出来ない』 アルノルドは迷いのない強い口調で、そう告げると、『マキナ』は、諦めたような口調で、 『……そうですか。では、その約束を違えた時には、あなたを殺してでも、昂輝さまを奪います。 その時に、あなたが上官では、不自由になりますので、この仕事を最後にしたいと、希望します。』 感情のない人形のような『マキナ』に唯一、感情を芽生えさせたのが、彼なのだろう。 ――まったく……人をひきつける才能までもが、天才的とは皮肉なのものだな……嬉しいような、困るような、複雑な心境だよ。 『カリーナ、引退するのは構わないが、君はこれからどうするんだい?もしかして、そのまま、その屋敷で、メイドを続けるのか?』 『はい。奥様が心配なので、そのまま出来る限りは、日本にいようと思います。出来ましたら、就労ビザを延長してくだされば嬉しいのですが。』 マキナは瞬時に、アルノルドへの要求を変更した。 『萩ノ宮の孫には、クリスと同年代の従兄弟がいるだろう?そっちを誑し込んだ方が、就労ビザより、よっぽど手っ取り早いんじゃないかい?』 『つまらない人間の相手をする気はございません。それに、私がお世話をするのは奥様のみです。それが終わりましたら、ドイツに戻ろうと思っています。家族と過ごしてからイタリアに戻ります。私の雇い主はシュナウザー様ですから。それまでは、アルノルド様の下で働いてることにしておいてくださいませんか?』 きっぱりと、彼女は、そう言い切った。 あまりにもはっきりと物言う姿に、クックックッとアルノルドが笑う。 『君はいつまで、今の仕事をするのかわからない状態で、その後、訓練通りのスパイ活動が出来ると思っているのかい?父のことを思ってくれるのは嬉しいけど、そちらの任務が終わったら、僕らが別荘に使っている城のメイドとして、君の技術を活かして欲しいかな。 うちの家族全員が各エリア別に分かれてるから、誰の担当になるかわからないけど、メイドの仕事をメインに、その城を守ってもらおうと思うんだが、どうかな?たまに僕らも滞在するから、クリスのピアノも聴かせてあげることも出来るだろう。いろんな意味で刺激にもなると思うし、お勧めだよ?』 明るく告げるアルノルドに 『万が一、その時が来たら、お願い致します。』 『了解。では、クリスも大事に思ってる奥様のこと、よろしく頼むよ。就労ビザは近いうちにそちらに送ることにしよう』 『ありがとうございます。では、報告を終わらせていただきます。』 『あぁ・・・・』 2人の会話はそこで終了した。

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