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preparations 1

「すぐに日本を発つのですか?」 祖母の質問に、昂輝は首を横に振った。 「いえ、夏休み中の仕事もサボってしまいましたし、まだ、やるべきことが残ってますから、それを済ませてからじゃないと、発つことは出来ません。オレは受験対策の教師なので、受験生を放置はできません。それとお願いがあるのですが……」 「なにかしら?」 にこやかに応える祖母に対して、昂輝は遠慮がちに自分の意思を伝える。 「今のマンションを引き払って、こちらの離れへ転居を考えています。お許しいただけますか?」 「まぁ!!私は大歓迎ですよ。お好きなようになさいなさい。お父さんには文句は言わせませんよ。可愛い孫が、近くにいてくれるなんて、そんな嬉しいことはありませんから」 手を合わせて喜んでくれている祖母の表情を見て、昂輝の表情も緩んでいく。齢を重ねていても、この祖母の仕草はとても、女性らしく可愛らしい。 「日本にいる間は、夕飯の後のティータイムには、なにかしらピアノを弾きたいと思います。しばらく本格的にピアノを弾いてなかったので、練習を兼ねて、になりますが、お付き合いいただけますか?聴いてくれる人がいるだけで、気持ちに張りが出るんです。」 「まぁ、嬉しいわ。今から楽しみになりますわね。膳は急げで、少しずつ荷物を運びいれてしまわれてはどうかしら?引越し業者さんに見積もりを出してもらわなくてはならないわね」 そこまで喜んでくれるのは嬉しいが、業者を呼ぶほどの荷物は所有していない。 「引越し業者は必要ないですよ。オレ、それほど荷物はないので。元々、家具家電のついてた部屋なので、キッチン用品と、服と、ちょっとした小物くらいしか運ぶものがないので……強いて言えばこの家にない洗濯機くらいしか。家電もこちらに揃ってますし。」 そう言うと、祖母はちょっと寂しそうな表情をして 「そうなの。昂輝さんが日本に来て、何年だったかしら?生活していけば、それなりに生活用品も増えていくものなのに、貴方の荷物がそれほどない、って、元々、離れていくことが前提だったみたいで、ちょっと寂しい気持ちになるものね」 「いえ、違うんです。オレは元々、それほど荷物を持たないんですよ。アメリカで生活をしていた時も、オレは10歳の頃には、家庭教師をしてくれたルームメイトのところに出入りしながら、バイトしてたので、子供の頃の服とかは、実家にありましたけど、成長するに連れて、不必要になったものしか、実家に置いてなかったし、裕福に育ったわけではないので、最低限のものさえあれば、生活をしていけることを知っていました。ですから、最低限のものしか置いてないんですよ」 言い訳がましい言い方になってしまったが、事実なので仕方ない。日本に来てから、使ったお金の大半は、食費と学費だった。父には、そういった意味ではかなり金銭的に世話にはなったが、食事も贅沢をしたことはないし、ファーストフードか自炊がメインだった。 おかげで、祖母と食事をするようになって、テーブルマナーから学ばされることとなったのだが、祖母も丁寧に、そのマナーを教えてくれたので、今では、たぶん、アルノルドとレストランに招待されても、それなりのマナーは身につけたのではないか、と思う。 とりあえずは賃貸で、部屋を借り続けるよりも、オーストリアには持っていかない荷物もあるので、物置にしてしまうことには、申し訳なさを感じるけれど、夕食の為だけに通うよりも、効率が良くなることも間違いなかった。 ちょうど部屋の更新時期とも重なっていたので、真嶋に更新せず、離れに生活の場を移すことを連絡し、手続きを頼んだ。元々、父名義の部屋なので、昂輝が動いてもあれこれと面倒なことになることはわかっていた。真嶋は嫌な顔一つせず、「わかりました」の一言ですべての手続きを行ってくれた。 荷物をダンボールに入れて、車に乗せ、その荷物も、車で1度で運べる程度のものだった。 「荷物は少ない、とは言っていたけれど、そこまで少ないの?これでは、小旅行と同じくらいの荷物じゃない。」 「これでも増えたんですよ。僕がアメリカから来たときにはスポーツバッグ一つでしたからね」 それだけが自分の荷物だったのも、事実だった。 「離れのキッチンを使うことは出来ますか?」 「えぇ。大丈夫よ。何か作ってくださるの?」 「そうですね。ディナーは難しいですが、ランチ程度のものでよろしければ」 クスクス笑う祖母が、「楽しみに待ってますわね」と嬉しそうに言った。

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