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preparations 7

「な~にが欲求不満だ。毎晩ひっかえとっかえしてるくせに。いつかしっぺ返しを食らうぞ」 電話切った直後、背後からヴァルターが呆れ声で言う。アルノルドは手元の五線譜に楽譜を書き込みながら、悪びれる様子もなく 「別に僕が呼んでるわけじゃない。勝手に呼び出されるから、部屋に行くだけだよ。そうしたら、準備万端状態で待ってて、挿入してくれってお願いされるから願いを叶えてやってただけだ。僕が全身全霊をかけて愛してあげるのはクリスだけだ。でも、これが最後だって伝えてくるよ? ただ行くだけじゃなくて身辺整理は兼ねてるつもりだけどね。それに、やつらはただの処理道具だ。それでもいいって言うから期限付きで相手をしてたまでだし。クリスが僕の元に来たらせっかくの一緒の時間に部屋から出るつもりはないからね。ヴァルターも好きなのを選んで抱けばいいだろ。付け込むにはもって来いのシチュエーションだろ?」 そう言いながらも何かイライラとしていることを疑問に思いつつも、口から出る言葉は詰(なじ)るようなセリフだ 「本当に最低だな。ご相伴に預かるのは嬉しいが、相手がオレをパートナーとして選ぶかは、別問題だろう?おまえほど、ハードじゃないもんでな。もっと優しくしたいんだけど、おまえさんのおかげでドMが多くて、困ったもんだ。どうせなら、まっさらなクリスが欲しいくらいだよ」 アルノルドが五線譜に滑らせていた指が止まる。振り返りもせずに譜面に目を落としたまま 「それだけは出来ない相談だ。クリスは絶対にどんなことがあろうと譲れないよ。どうして、みんなクリスを欲しがるんだろうね。『萩ノ宮家』に潜入させていた『マキナ』ですら、彼にベタ惚れだ。天性の誑しだな。本人に自覚がないのが、とにかく厄介だ。」 「おまえがそれを言うのか?おまえだって、充分に天性の誑しじゃねぇか。しかもクリスと同じく男女問わずのな。でも、あの『マキナ』を動かしたってマジか……すげぇな。 おまえの場合自覚がある分、さらに厄介だと思うがな。 おまえらが組んだら、観客動員数は無敵になりそうだよ。てか、クリスのSSはどうすんだ?」 「候補は決まってる。今、親父と交渉中。まだ、クリスはドイツ語が話せないから、英語とドイツ語と両方出来て、イタリア語も出来る、元音楽経験者がいるんだ。 まぁ、腕もたつらしいから、当面は通訳も兼ねてもらう予定だ。本当なら僕が付きっきりになりたいけど、そういうわけにもいかなくなるだろうからね。 それに何故か、今回に限って親父までクリスに会いたいとかほざいてやがる。どうなってんだよ……」 イライラの原因が目の前を通り過ぎていった。ボスがクリスに興味を持つ……?とは。極度の女好きで、インキュバスと言われる所以(ゆえん)もそこにあるが、精力も強い、愛人の数も多い、そして子供の人数も多ければ孫の人数まで含めたら大ファミリーだ。セックス依存症と言ってしまえば簡単なのだろうが、その血が濃く出ている子供たちも相手の若さと美貌を奪って生きてるような人種だ。 それを吐き出すと、また楽譜に音符を書き込む。音も確認せず、オーケストラ譜のスコアをスラスラと書き込んでいける才能は、まさに天才的だ。ヴァルターは楽譜は読めないが、1枚の譜面にメインメロディーの弦から、その音をサポートする中音、低音とパーカッションに至るまで、楽器別に書き込んでいく。 この作業だけなら、別にアルノルドを日本に行かせることは充分可能なのだが、まだ、ドイツとオーストリア、ロシアでのオーケストラとの音あわせが残っている。どの国にも、愛人がいる、というこの男の身辺整理がどこまで出来るのか、お手並み拝見、というのがヴァルターの見解だ。 どうしたって、その国に行けば、そのお相手からのお誘いはかかるだろう。そして、捨てられた相手は選ばれた相手に相当な嫉妬をしてくるだろうし、なにかを仕掛けてくるかもしれない。天然誑しの2人のプライベートを1人で賄うのは、どうしたって無理だ。 新しいSSがどんな人物で、ヴァルターとも気が合うかどうかもわからないが、アルノルドの人選であるのなら、間違いはないだろう。ただ、こっち側の人間でタチだった場合、SSとしての役目とクリスとは絶対に恋愛関係には発展しない「その他大勢」の一人になってしまうのだが。 そういうヴァルター自身もその一人だ。 あの綺麗な『お姫様』を手に出来るのは、この目の前の選ばれた『王子様』だけなのだ。

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