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preparations 11
中間テストも終わり、文化祭の準備を着々と進めているころ、痺れを切らした田山が
「センセ、そろそろお姉ちゃん、痺れ切らしてるんだけど。あんまり待たせるなら、文化祭でセンセにピアノ弾いてもらうからね!!」
「それは勘弁してくれ。わかったよ。再来週の土曜日、この住所で待ち合わせよう」
腕をお手上げ、といわんばかりに手を上げて、ポケットから携帯を取りだしてスタジオの予約を入れる。取り出したメモ用紙にスタジオの住所と時間を書き、それを破って田山に手渡した。
当日、昂輝は近くのコインパーキングに車を停めたあと、待ち合わせの時間より少し早めに、久々に貸しスタジオのオーナーに挨拶と受付を済ませ、予約した唯一、このスタジオにあるピアノのある部屋の確認をした。
「相変わらず、帽子とサングラスは外せないんだな。それと、調律は済んでるよ。」
とケタケタと笑うオーナーは、眸の色の問題があることを良く知っている。
「ご無沙汰してます。相変わらずです。日焼けでやけどはもうコリゴリですからね。いつもオレ好みに調律してくださって、感謝してますよ。今日は、女の子が2人来ますので、よろしくお願いします。彼女じゃないですよ。生徒にどうしてもって頼まれて仕方なくです。」
「そりゃ、珍しいなぁ。女の子……ってか、誰かを連れてくるなんて初めてじゃないか?」
「そりゃそうですよ。いつもは練習に来てたんですから。あの頃はコンクールで入賞することばかりに追われてましたから、それどころじゃなかったですからね」
そういって笑っているうちに、姉妹が現れた。ツインテールにギャル系ファッションの妹と、いかにも地味な雰囲気の姉だ。本当に姉妹なのか?というほど、似ていない。
「おう、来たな。じゃ、スタジオに入るか」
そういう昂輝に妹、郁が目を丸くして、声だけで昂輝と認識した。
「え?センセ?いつもと雰囲気違いすぎて、はっきりいって別人」
「だろうよ。学校ではわざとあぁいう格好をしてるだけだからな。」
金髪にサングラス、いつもは隠している体系はほっそりとしていて、少しゆったりしたカットソーでも、その身体の細さは一目瞭然だ。ダボったいチノパンではなく、身体にフィットしたデニムからも、その細さを伺えた。いつもより身長も高く見える。スタジオに入ってサングラスを外すと、その紫色の眸に2人とも見入ってしまう。
「……なに?」
思わず、ムスッと返してしまったが、確かにこの姿を見慣れない2人にとっては珍しい容姿であることには間違いない。髪の色はともかく、パープル・アイは確かに珍しい。
「…………センセ、それ、本当にセンセの眸の色?すごい、宝石みたい。本当にカラコンだったんだ~。今日のセンセ見慣れないから、すごい新鮮、てか惚れそう。」
「アホ。だから嘘はついてないって言ってるだろうが。それと、惚れられてもオレはおまえを選ばない」
「ひどっっ!!間髪いれず否定するって酷くない?」
「あのなぁ、オレ、おまえの先生。生徒とどうにかなろうなんて教師、逆にキモいだろ。」
「え~~~?!センセだったらありだけどなぁ。飾っておきたい!!」
相変わらず、この生徒はアホなことをほざいてくる。
「あっ……あの!!私、田山郁の姉で、田山歩と申します。クリストハルトさんにお会いできて、うっ……う、嬉しいです!!」
2人の会話をさえぎるように、自己紹介してきた姉につい吹き出してしまう。
「無名のオレのことを知っていてくれてありがとう。クリストハルト・シュミットです。同じコンクールとかで会ったこととかあるのかな?時期的にそう思ったんだけど」
と握手を交わす。
「無名だなんてとんでもない!!ピアニストを目指してる人の間では伝説の人ですよ。ある日突然、消えてしまった天才ピアニスト!!私はご一緒のコンクールには出たことはないです。でも、どうして辞めてしまったんですか?」
いきなり地雷を踏んでくるのは、仕方ないことだが、ここで話していいものか…………
「オレの家庭の問題。条件付で音大に通わせてもらってたから、本業は音楽じゃなかったんだ。でも、今期を持って、学校を辞めて、音楽の道に戻るつもりだけどね。」
「そうですか。私もピアニスト目指して頑張ってはいるのですが、やっぱり狭き門なので、どこまで頑張れるか……ってところです。」
「頑張れ、としかいえないけど、好きこそ物の上手なれ、っていうくらいだから、努力するしかないんだろうけど、オレも本格的に弾くのは久しぶりだから、音大生に満足いく演奏が出来るかどうかはわからない。そのことだけは、先に伝えておくよ」
昂輝はピアノに向かうと数曲、ショパンやラフマニノフなどの曲を演奏する。ピアノは全身を使って弾く。足のペダルの調節、鍵盤は右に左に忙しく移動する。その度に柔らかく揺れる髪色は金や銀に輝く。その目線を追うと紫色の眸が鍵盤の上を忙しく動いている。
確かに舞台映えするだろう、と思う。コンクールのステージでアルノルド・シュレイカーに見初められた、というのも納得出来るような気がした。
「今度は君の番だ」
と歩にニッコリ微笑むと、顔を真っ赤にして、怖気づきながらピアノに向かう。
「プロの後に弾くって、すごい緊張します……」
「まだ練習不足だけどね。アドバイスできるところはするから、思うとおりに弾いてみて。」
楽譜の指示がこうだ、あぁだ、と指示していると、妹は暇をもてあまし、携帯を弄り始める。同じ音楽にしても、軽音とクラッシックとでは、まったく違うジャンルだから仕方ない。
何度も同じところを弾きなおしていると、妹もさすがに同じフレーズを聴かされることに飽き、
「何回、同じとこ弾いてるのよ。」
と口を挟んでくる。それでも、楽譜に沿って練習するしかないのだ。
「ピアノ教室なんて、こんなもんだよ。苦手なところは徹底して弾き込む。オレだって初見でなんでも完璧に弾けるわけじゃない。出来ないところはひたすら反復。勉強も同じだろ?コンクールで要求されるのは、いかに楽譜に正確か、だ。個人のカラーが出せるのはプロになってからだ。賞を狙うならまずは楽譜に従う。Got it?」
「わかったけどさぁ、発音が良すぎてムカつく……Do you understand?ってみんな使ってない?」
「そっちはクイーンズイングリッシュでアメリカ英語じゃないんだよ。イギリス英語って言った方が早いかな」
「ふぅん……」
そう言ってまたスマホへと目線を落とした。
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