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preparations 12

ゆったりとしたピアニッシモからその旋律は始まる。 穏やかな小川のせせらぎのように、流れていくが、急にフォルテに差し掛かると、曲調が一変する。 そこからは、嵐のような速いテンポの連打になる。 黒鍵を多く使った、ト短調。 そして、また静かになったかと思えば、今度は、ワルツのような、軽やかなスタッカートの多い、弾んだ曲になる。 最後は低音で、黒々とした、心情を表すような懊悩な旋律で、曲は終わる。 『Kristohard der Liebe』 ドイツ語で、『愛しのクリストハルト』英語でなくて、本当に良かった。が、クリストハルトの名はバレてるんだろうな……と思う。 「……さすがです!!先生、物凄い感動しました!! 元々、コレ、オケ譜をピアノ譜に起こしてあるそうなんですが、物凄くリアリティがあって、引き込まれました。」 ピアノのこととなると、饒舌過ぎるほどの歩は、かなりの大興奮気味で、大喜びしていた。突如、持参した楽譜を初見で弾いてみて欲しい、と出されたのが、まさかのアルノルドの曲で、さらに驚かされた。そして恥ずかしい。 「センセ、あたしも感動した〜。やっぱり、センセが好き!!も〜、付き合ってよ!!」 抱きついて来ようとする妹の郁を、腕を伸ばして、肩口を押さえ込み、止めながら、 「だ・か・ら!!人の話を聞け!!さっきも言ったが、オレはおまえを恋愛対象にするつもりはない。可愛い生徒だけどな。」 生徒は、もう、恋愛対象にはしない。 聡美に対しての、義理でもあった。 姉の歩は、その部分には冷静に謝罪を入れてくる。 「妹がバカですみません。……でも、あれだけストレートに気持ちを訴えられることは、正直、少し羨ましいし、あの子のいいところなのかもしれません。」 「まぁ……いいところかもしれないが、悪い男に引っかかるなよ。」 昂輝も苦笑いするしかない。 「先生、他にどんな曲が好きで弾きますか?」 と歩が尋ねてきたので 「メジャーな曲なら何でも。それなりに暗譜してるよ」 「また、何か弾いてくれませんか?」 そう尋ねた歩の言葉を遮ったのは、昂輝には耳なじみのある、甘い低音の男性の声だった。 『Can you play the song of memories with me, a brilliant big round dance?』 突如、聞こえた聞き覚えのある声に一番驚いたのは、昂輝だった。 振り返ると鮮やかなウェーブがかった金髪にサングラスをかけ、スーツを軽く着こなした長身の細身の男が口角を上げて微笑んでいる。そのSSで一見、迫力のある海外ドラマの筋肉質な警察官のような男が並んで立っている。 「アルノルド……シュレイカー……」 最初に口を開いたのは歩の方だった。 『僕との思い出の曲、華麗なる大円舞を弾いてくれないか?』 クリスとしての自分の頭から、血が下がっていくのを感じていた。突然のことに頭がついていかないが、本能が危機を感じてゆっくり後ずさるが、アルノルドの歩幅の方が遥かに早くその腕をしっかりと掴まれてしまった。

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