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preparations 22
静かにポタリと音を立てて落ちた涙に、クリスが何の夢を見てるのか……
髪を撫でていた手を目元に伸ばすと、ぽたぽたと涙を滴らせている。
「クリス?どうしたの?なんの夢を見てるんだか……」
クスッとアルノルドが微笑む。過去にどんな悲しいことがあったとしても、過去は変えることは出来ない。
それならば、この先、彼が泣くようなことを避けていけばいいだけの話しだ。彼が望むことを叶えていこう、と決めている。多少、嫌な思いをさせてしまうことも数年間はあるかもしれないが、アルノルドはクリスのいない人生など、もう、考えることも出来ない。
彼が啼くのは、自分の腕の中だけで十分だと思っている。自分がこれほど執拗なセックスをするのだと、知らされたのもクリスが初めてだ。それだけ執着が強いということでもあるだろう。
万が一、彼が別れを選ぶようなことがあったら、彼の目の前で命を落として見せよう。自分は1秒でも長くクリスよりも生きる、と約束をした。だが、それは、クリスが自分のパートナーとして手元にいることが前提だ。
「……アル?……」
「なに?クリス……なにか、悲しいことでもあった?」
「……暖かい……」
秋から冬へと移り変わる時期だとしても、ここは部屋の中でベッドの中だ。スイートルームで空調が適温でないわけがない。けれど、ベッドの中のぬくもりを確かめるようにまた、胸に頬を寄せる。
彼の腕の中で亡くなった人はいないはずなのに、そのぬくもりを求める姿が痛々しい。唯一、見送った『中村聡美』の亡骸だけが、死した人に触れた唯一の記憶のはずだ。だが、一番『今』に近いのが『中村聡美』の存在だ。
それでも褥を共にしていた時ではない。
「そうだね。でも、キミが僕を捨てるようなことがあったら、僕はキミの目の前で命を断つよ。キミが傍にいてこその約束だからね。それと、ベッドの中では、今みたいに『アル』と呼んでくれるかい?僕のことを『アル』と呼ぶ人はキミとあと一人だけだったから、特別感があっていいよ」
「……あと一人……?」
「そう。僕の母親。他にも『アル』がつく兄弟がいるから、直接僕のことを『アル』と呼ぶのは、亡くなった母だけだったんだ。そこにクリスが加わってくれるなら、僕は大歓迎だよ。ヴァルターには呼ばせないけどね。主従関係は、はっきりさせておかなくてはならないから。
特別だからこそ、相手を選びたい。一人アホな日本人女が、うちの楽団に突然入団させろ、とやってきてね。
音のレベルは低いし図々しいし、断り続けているんだが、とにかくしつこい。挙句『アル』と呼んでいいか?って聞いてきたから、丁重にお断りさせてもらったけどね。日本人の女は、あんなに図々しいものなのか?」
「いや、その人が特別なんじゃないかな。『NO』と言われ続けて、それでも食いついてくるなら、よっぽど楽団に入りたいんだろうね。それにアルに惚れてるんだろうね」
自分で言っておきながら、その言葉に傷つく自分がいる。そこまでアルノルドに依存していた、ということなのだろうか?と思ってしまう。いつから、こんなに弱い人間になったんだろう……?
その女性が、日本人だと言うのならヴァルターが最初に通訳に入ったのか、ドイツ語か英語をを覚えていたのかは不明だが、アルノルド相手に、特別になりたい、と思う人は確かに多いだろう。日本人女性でも、そこまで図々しくなれる人間も、なかなかいないと思う。アルノルドが、『アホ』呼ばわりする女性も、心臓に毛が生えてるとしか思えない。
さらに言えば、その女性はアルノルドの性癖を知らない。そして、その背景にあるものも知らないのだろう。まだ、クリスも知らないことなのだが、若くしてアンダーボスまで上りつめたベルンフリートの実弟だということも。
「僕の母は僕の性癖を知っているから、君のような人が伴侶になってくれる、と伝えたら、喜んでくれると思うんだ。墓に行くだけになってしまうけど、会って貰えないだろうか?」
寝覚めにものすごいプロポーズをされて、一気に目が覚めた。
「え……と……それは構わないけど、アルはオレのどこが好きになったの?」
「すべて。その柔らかくて綺麗な髪も、紫色の眸も、抱いてる時の声、表情、快楽に溺れている時の色気、強がっているけど、本当は寂しがり屋なところ、臆病なところ、なんでも一人で抱え込んでしまうところ、泣き虫なところ、上げていったら切りがないよ。
初めてステージで見た時、どうしたらこの眸が僕を見てくれるだろう?僕に微笑んでくれるだろう?と思った。
その為にはこの人に追いつかなければならない、そう思ったんだ。てっきりプロになると思ってたからね。君の容姿はよく目立つ。マスコミやパパラッチ、キミを映したがる人はたくさん現れるだろう。同じ年の指揮コンで優勝する為に僕は、人一倍努力をしてきたつもりだよ。
君と出会ってからの僕は、君に追いつき追い抜いて、対等な立場になりたくて必死だったんだ。君の生い立ちを知ってからは、なおさらに護らなくてはならないって気持ちが強くなった。キミを傷つけるもの全てからね」
クリスは目を丸くして、目の前に横たわる男の顔を見上げる。
「……アル……が……努力?」
「意外そうだね?もちろん。才能に溢れる君に見合う男でなければ、君の隣に立つ資格はない。
だから、僕は努力も続けたし、君に1日でも早く会えるように、お爺さんにもコールしてた。
だけど、拒絶されるばかりでね。煮詰まった僕があの街のホテルで強引な手段だとは思ったけど、どうしても僕は僕の思いを伝えたかった。やっと手に入れた躰は僕を夢中にさせた。僕の命より大切な存在なんだ。
今すぐ連れて帰りたいけど、今回は、ちょっとした実験と、君のお爺さんの説得に時間を作った。毎晩、君を抱きしめながら眠りたいよ……」
「……それは……次の日の仕事に差し障りがあるというか……」
「あはは、別に毎晩セックスをしなくてもいい。ただ、抱きしめながら眠りたいだけだよ。僕は君以外と一緒に眠ったことはないんだよ。ただ、目が覚めた時に君が隣にいることが、嬉しいんだ。
でも、今日、明日は久しぶりなんだ。君を堪能させてもらうよ?」
早急に、膝が胸につきそうなほどに脚を折り曲げられ、熱を持った楔が押し当てられる。
その先にある快楽を知っている躰は、その期待にぶるりと震えた。ゆっくりと腰を進めて狭い器官を押し広げていく。先程まで抱いていたとは思えないほど内壁はギュウギュウに絡みついてくる。カリの太い部分が入り込むと、アルノルドは勢いに任せて、クリスの弱い部分を狙いながら、一気に貫いた。
「ひっ!!ぃやぁぁぁ!!」
その衝撃に耐えられず、クリスは、己が吐き出した白濁を、胸や顔に飛び散らせた。
「……はぁ……熱い………けど、君の中はやはり最高に気持ちいい……中がすごいことになってるよ?わかるかい?」
そう言うアルノルドの息も上がっているが、声も艶を帯びて、色気が漂っている。
馴染むのを待つように、クリスが飛び散らせた白濁を、一つ、一つ、丁寧に舐め取っていく。
繋がった場所から、彼の脈動が伝わってくる。その彼を逃がさない、と言わんばかりに、内壁が奥へ、奥へ、と扇動している。
もう、我慢が出来ないのだと、アルノルドの唇をたぐり寄せる。互いに絡ませた舌からは、たった今、舐め取られたばかりの、己の吐き出したものの青臭い匂いが、口腔内に広がる。
「……キスで感じる?……そんなに締め付けたら、僕も我慢が出来ないよ……」
苦しそうな声と共に、アルノルドの腰が動く。
その動きの激しさに、呼吸がついていかない。
力強く穿たれ、もう、途切れた声ではなく、悲鳴のような長い叫びが部屋を埋め尽くしていく。
枯れることを知らない、というような獣の交尾を彷彿させるような激しいセックスは、そこから半日以上にも及び、翌日の朝、うっすらとした意識の中、東の空が白んで見えたのが、クリスの最後の記憶だった。
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