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preparations 26
ピアノのあと、クリスも交えて、久しぶりに離れのリビングで雑談をした気がする。
大概の話は夕食時に済んでしまうので、ピアノのあとは、ミヨは就寝準備を始めるのだ。年齢を重ねていても女性だ、と思うのは、マキナが手伝いながらの寝る前の肌のお手入れだ。
「……なんで、こんな写真が?!」
ミヨがマキナに用意させたアルバムの中には、幼い頃の、両親と自分の写真をしたためたアルバムだった。数冊にも渡るアルバムの中には、幸せが溢れかえっていた。
こんな小さな頃の記憶はない。産まれたての頃から、3~4歳くらいまでの写真だった。実家でも見たことがない。
「まだ、昂一とアデリアさんが仲の良かった頃はね、アデリアさんが、よく昂輝さんの写真を送ってくれていたの。不思議だったわ。
ほら、アデリアさんは金髪碧眼、昂一は黒髪、眸の色でさえ、2人とは似ても似つかない色をした、珍しい子でしょ?
でも、綺麗な顔立ちをしている子、とはいつも思ってましたの。本当は、アデリアさんも呼んで、こちらで暮らして欲しかったのよ。
でも、いろんなことがあって、彼女とは決別してしまったから、とても残念だわ。2人だけでも呼べばよかった、と私は後悔しているのです……」
日本に呼んでいれば、母はあの事件を起こさなかっただろう、と悔いているのだろう。ただ、それは祖母の所為ではない。その誤解は解いておく必要があるだろう。
「母さんは、そのようにお誘い頂いても、日本には来ませんでしたよ。どちらにしても、父さんと一緒でなければ、意味がなかったんだと思います。頼れる人もいない状況で、母も同様に日本語はまったく出来ませんでしたし、覚える気力もなくなっていたかもしれません。
たとえ、この離れに住むことになったとしても、状況は変わりません。父がいないとわかっていて、お爺様はあまりいらっしゃらず、お婆様とはコミュニケーションが取れない状態では、難しかったでしょう。
幼ないながらも、僕の記憶には、父からの使いの人が来る度に、わめき散らしてましたし、帰った後は、疲れきっていました。
交渉人の人は、母の日本への話はしていませんし、オレだけを引き取りたい、の一点張りでした。そうでなくても、母はドイツ語圏の人らしいので、英語を学びながらの生活だったはずです。また、見知らぬ土地に行って、言葉を覚えたり、人間関係を作り直すことは容易ではないですからね。目的や目標がなければ、厳しいです。」
その言葉にミヨの表情は、申し訳なさそうでいて、救われたような複雑な表情をしていた。
「そうねぇ。その点では、ヴァルターさんは何ヶ国語も話せるし、アルノルドさんとは英語でお話できる。そのうち、昂輝さんもドイツ語を覚えることになるでしょう。その時には、お母様のご実家を訪ねてみてはいかがかしら?生前のアデリアさんのことをお伝えしたらいかがかしら?」
その言葉に今度は昂輝が表情を曇らせる番が来た。
「連絡はすでにいってるんですよ。母が事件を起こした時に、弁護士が連絡を取ってくれたんですが、もう、勘当した娘のことなど関係ないので、その息子にも連絡先も教えないでくれ、と。」
「それは悲しいお話ですね。昂一の所為で勘当されてしまわれたのでしょう?本当に申し訳ないことをしましたわ。けれど、こんな素敵な孫がいる、ってことを知らずにいるのも、私としては可哀想に思えますわ。私はアデリアさんのことをなにも知らないけれど、写真で昂輝さんを抱っこしてるこの写真のアデリアさんは、すごく素敵なお母さんの表情をしているわ。」
アルノルドも小さなクリスを見て、微笑んでいる。どうせ、碌なことは考えていないのだろうが。
「一枚、この写真をいただいてもよろしいでしょうか?」
というアルノルドの言葉をヴァルターがすかさず通訳をしてその言葉を伝える。
アルノルドが指さしていたのは、2歳くらいのクリスを抱っこして微笑む母とクリスの写真だ。似たようなのが数枚ある中の一枚だ。ミヨは即答で、どうぞ、と答えた。アルノルド自身も、ミヨが譲っても問題のないもの、を選んだのだろう。アルバムから剥がし、ミヨはアルノルドに直接手渡した。マキナがミヨにショールをかけながら、
「奥様、そろそろ、おやすみの準備を」
「そうですわね。では、また明日。みなさま、おやすみなさい。」
ミヨとマキナが部屋を後にする。客間は普段、クリスが使っている寝室の手前の部屋になる。
風呂を済ませてから、マキナが用意した寝巻きに着替え、少しだけリビングで寝酒を飲む。
昂輝は酒に弱い。深酒をしないように注意をしていたが、疲れていた所為もあり、少量にも関わらず、酔いの回りが速い。すでに真っ赤な顔をして、アルノルドに寄りかかっている。
「部屋着なんて必要ないのに。明日からはバスローブだけでいいよ。どうせ脱ぐんだから、必要ないだろ?」
アルノルドが晩酌の準備をしているマキナにそう伝える。
「大胆な発言ですね。私を挑発してるんですか?正面から堂々と行ってよろしければいかせていただきますよ?何も知らずに眠っていられる睡眠薬と見学が出来る痺れ薬、どちらをご希望なさいますか?」
「どちらもお断りだよ。なんで、君がクリスを襲ってるところを見学しなきゃいけないんだ。それに、その話は断ったはずだよ?今更蒸し返すのはやめてくれないかな。」
せっかくドイツ語で話しているのに、酔った勢いと面白半分に2人の会話をクリスに通訳して教えてやると、その会話にガバッとクリスが起き上がる。口をパクパクさせて、言葉を失っているようだ。その頭を捕まえて、アルノルドが開いた口から舌を絡ませ、濃厚な口付けを仕掛けてくる。最初はちょっとした抵抗を示したものの、あっという間にクリスの身体の力が抜け、とろんと蕩けた表情になり、アルノルドの腕の中で力の抜けた躰を預けている。
「私を欲情させる気ですか?」
「はっ、はははっ!!へぇ、あのマキナが欲情するって?そいつは傑作だ。そのコードネームは返上だな。今のあのクリスの姿を見て欲情しない方が問題かもしれないが、クリスのその色気は女性を欲情させる色気じゃない気がるするんだが。」
「いいんですよ。主導権は私が握りますから」
「そっち方面も訓練されてるのか?」
「もちろんです。情報を聞き出す手段でもありますからね。躰を重ねると相手に隙が出来ますから、機密情報でもやり方次第では聞きだせます。けれど、任務ではない限り、誰かと躰を重ねることはお断りです。昂輝さまは、任務ではなく、個人的に好意を持っておりますので別です」
「男にも女にもモテてるわけか。まぁ、美人だしな。だが、アルノルドのクリスへの執着は異常だ。俺からはお勧め出来ないな。命が惜しかったら、諦めた方がいい。たぶん、クリスに手を出したら、俺ですら想像がつかないよ。下手すると、殺されるだろうな。今のアルノルドには下手に挑発しない方がいいぞ。幼い頃から知ってるが、こんなに人に執着を見せるのは初めてだ。」
とヴァルターがマキナに忠告をする。不服そうな表情をしながらも、
「私は昂輝さまの外見に魅力を感じた訳ではありません。お人柄に魅力を感じております。けれど、ご忠告ありがとうございます。
では、明朝、お迎えに上がります。テーブルはそのままでも構いません。こちらで明日片付けさせていただきます。お食事は朝6時以降にダイニングで朝食をお召し上がりくださいませ。それでは、お先に休ませていただきます。おやすみなさいませ」
そう言って離れを後にすると、アルノルドは寝室の場所をクリスに聞き、横抱きに、寝室へと向かう。ヴァルターも仕方なしに、離れの2階へとあがり、手前の部屋に入る。
10分もしないうちに、クリスの喘ぐ声が聞こえてくる。
「明日は仕事だから!!・・・はぁ・・・ダメぇ・・・・・ンッ」
アルノルドが何かを言っている声はくぐもっていて聞こえないが、どうせ、口説いていることだけには間違いないだろう。また、しばらく欲求不満の日々が続くのかと思うと、先々が憂鬱で仕方ない。アルノルドにもやることがあって、日本に来ているのだから、少し節度を持ってくれればいいのだが……
たぶん、無理だろう、とこれ以上の欲求不満にならないように、目を閉じた。
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