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preparations 25
「……信じらんない……」
目覚めの開口一番に、そう吐き出したのは、クリスだ。
「なにが?」
アルノルドの腕の中で目覚めたクリスの第一声に、他人事のように不機嫌そうな表情をしたまま見つめ合っている紫色の眸を覗き込む。
「オレは今日、仕事なんだよ?この疲労感を抱えたまま一日をすごさなきゃならないんだよ?」
「キミが体調不良だと言って休んだって、それは嘘にはならないだろう?」
「それが毎晩だったら、オレだって、そのうち倒れるぞ。ちゃんと色んなことを弁えてもらえないなら、平日は別の部屋で寝てもらうよ?」
「それじゃ、ここにいる意味もないし、僕が安心して眠れる場所がなくなるじゃないか。」
決してラテン系ではないはずなのに、なんで、この男の軽さはなんなんだ?!と頭を抱えたくなる。付き合い始め、と言っても過言ではない現状、年齢を考えると、触れたいという衝動から、そっちへ雪崩れ込んでしまうのも、わからなくもないが、アルノルドのセックスは淡白ではない。
少なくとも、自分がしてきたセックスと比較しても、相当しつこい上に遅漏なのか、セーブしてるのか、何度も翻弄され、イカされる身としては体力の消耗も激しいのが事実だ。
「とにかく!仕事の前の日は勘弁して欲しいんだけど。一緒に眠るだけじゃダメなら、他の方法を考えなきゃならないよ?気持ちはわからないではないけど、休めば、その分、仕事の進行が遅れるんだから、後々に響くからね!!」
「わかったよ。それなりに早く僕の元に来てくれるように、キミ自身も頑張ってくれている、ということで、僕は解釈していいんだね?」
クリスは真っ赤な顔をしながら、少し視線をずらして、恥ずかしげに頷いた。
「今日から、送迎はキミの車を借りて、ヴァルターに運転をしてもらって、僕もこちらで仕事があるから、帰宅時間の連絡をあらかじめ、メールで送ってくれれば、それに合わせて迎えに行くから。決して、一人で電車やバスは使わないように。今日の朝だけ別行動だけどね。」
「レンタカーとか借りなかったのか?オレの時間に合わせていたら、どちらかが待つことになるかもしれないから、行動は別々の方がいいんじゃないか?」
いつも通りのコンタクトにウィッグ、眼鏡をかけて、通勤用の服に着替える。
「この姿でいても、君の本性に惹かれる人間は多い。それに、キミが僕のところに来ることの意味をきちんと理解して欲しい。君はこれから、ステージに上がる側の人間になるのだから、その辺に居る人ではなくなることを、ちゃんと理解して欲しい。」
「そんな心配しなくても、学校では、好かれるような態度をとってもいないし、その要素を出来る限り取り除いてきているつもりだよ。生徒に優しくない先生として有名だからね」
「ん?どの教科も完璧に教えられる、優秀な先生だと聞いてるけど?」
どこからそんな情報を仕入れたのか、平然と言ってのける。第一、他教科の指導をしたのは一度きりのはずなのに、そんな情報まで明け透けに知られてるなんて、アルノルドの情報網の細かさにストーカーの底力をまたもや、思い知らされる。
「なんでそんなことまで知ってんの?全教科をみたのは1回だけなのに。」
「僕は僕の持てる限りの情報網を駆使して、キミの動きを見てただけだよ。何年も煮え湯を飲まされてるからね。近づくことさえ許されなかったんだ。何をしていたのかくらい、知りたいじゃないか。好きな人のことを知りたいと思うのは当然のことだと思わないかい?」
思ったとしても、アルノルドのやり方は、間違いなくストーカーだ。海外から、こちらの動向を探っている、というのだから、アルノルドの財力と、人間関係に色んな伝手があるのだろう。
彼らの支度も終わり、アルノルド、ヴァルター、クリスの3人は、用意されている朝食の為に、本家のダイニングに向かう。
まだ、2学期が始まったばかりだ。4ヶ月の間、自分の出来ることをしようと思ってはいるが、自宅での自分の時間が持てそうにないので、学校である程度の仕事を片付けなければならないだろう。夏休みの宿題の採点、授業、受験対策、その他、雑務がまだまだ残っている。
――――当面はちょっと残業しないと間に合わないな……
本家の入り口付近で、クリスは盛大なため息をついた。
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