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preparations 32
帰宅するなり、アルノルドはクリスの手を引っ張るように自室兼寝室に連れ込み、投げるようにベッドへ叩きつけた。メガネとウィッグとウィッグ用ネットを投げるようにその場に投げ、押し倒した真上から見下ろす。
「このサラサラの髪は、形を崩さないのに、その黒のコンタクトだけが僕にとっては嫌悪感しかないな……ヨーロッパにだって黒髪黒目の人間はいるのに、キミには本当に似合わない。」
長い時間、ネットで固定されていたというのに、なんの癖もつかないサラサラの髪がベッドの上に散っている。が、乱暴に取り除けるものは排除したつもりだが、眼球に傷をつけるわけにはいかないから、コンタクトはその勢いでは簡単には外せない。
いつものアメジストの眸は黒い色のまま見開かれていた。鼻筋の通った高い鼻も形のいい眸も薄く小さな唇も、全て彼を象っているのにその眸の色だけがアルノルドの知るそれとは違う。
けれど少し怒った口調のアルノルドに対して、何をそんなに怒らせたのかがわからないクリスは言葉を紡げない。
「どんなにキミが本来の姿を隠していても、教員にも生徒にも、キミの本質を見抜く輩がいることが、今日の見学でよくわかったよ……キミは僕だけのものだというのにね。キミの自覚が無さすぎることも原因の一つかな……改めて思い知らさなきゃいけないね……」
アルノルドの目付きが変わる。
逆らえない支配者の眸だ。
いつもは強気のクリスの眸は心許ない。
揺れる眸の奥では何を思っているかを暴きたくなる。
「…あっ、はっ、ぁん……いゃ……そこ……」
ピチャピチャとわざと音を立てながら、
アルノルドはクリスの躰を貪る。
「いや?その割にいい反応してるじゃないか?」
固く心を持った部分を強く握られる
「……っあぁっ、ン……はぁ……はぁ……あ……」
アルノルドの愛撫に蕩けきった躰は
全てを委ねきっていた。
アルノルドの嫉妬を受けいれているとでもいうのか、後ろめたいことがあるのかは、本人に聞かなければわからない。
けれど、当のクリスは半分意識を飛ばしていて、与えられる愉悦を全身で受け止めることしか考えられていない様子だった。
「……な……にも……ない……んッ!!」
「……本当に……本気でそんなこと言ってんの?キミのそばで仕事を見ていただけなのに、すごい目で睨みつけてた奴がいたし、生徒にも質問攻めだったじゃないか。にじみ出るカリスマ性は良いとして、それは本来のキミであって今、このタイミングじゃないんだよね。それでも人誑しの才能は隠していてもバレてしまう。
何故なんだろうね?それだけ多くの秘密があるのに、キミからはその魅力が溢れ出てしまっているのかな?」
「……んなわけ……ないぃ!……他人の、ことなんかに、気を取られてる……場合、じゃ、ない」
はー、はー、と吐息をの混ざった艶のある声で途切れ途切れに言葉を繋ぐ。アルノルドの怒りの原因が見えた気がした。
けれど、クリスにとっては心当たりのない勝手なアルノルドの思い込みだ。今は受験に備えて生徒も教員もピリピリしている。成績、受験、内申、早い生徒だと、推薦枠が決まる頃だ。
そんな中で自分が必死にならなければ、大学に行ける訳でもない。学校の勉強だけでは追いつけなくて、塾に通う生徒もいる。自分の趣味の時間すらも惜しんで机に向かっている生徒が大半だ。教師にしても珍しい色の人間がいる、と思う程度のものだと思う。
クリスが本来の姿で教師をしていたのなら、多少、その視線は和らいだかもしれない。
クリスにしてもアルノルドにしても、この国では髪や瞳の色はどうしても目立ってしまう。
それが繁華街やイベントごとなら目立ちはしないが、日本の学校という閉鎖空間では、どうしても目立ってしまう。
だからこその変装であり、好かれないように過ごしてきたのに……昼間の太陽ですら天敵となるこの国で、祖母、美代だけが唯一の味方だと言っても過言ではないだろう。
良くも悪くも、この姿になるまでに悪目立ちしてきたことは本人が十分にわかっていた。
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