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preparations 29
昂輝と聡美が出逢ったハイスクールの前まで進み、その校舎を見上げる。
エスカレーター校であると同時に、外部受験で入学してくる生徒がわずかにいる程度の学校の割りに建物はとても大きく立派な造りをしている。
親しくしていた後輩達は高等部からの外部受験組で、かなりの有能な生徒だと言える。
今は大学にはいないが、そのうちの一人が『世界の予言者』に関わりのある可能性のあるとクリスから聞いてから、その相手に会いたくて仕方ないが、クリス自身も連絡が取れない、と言うのだから、今は諦めるほかに選択肢はない。
そして、例の聡美はエスカレーターで幼等部から通っていたはずだ。
大学こそ、服飾系に進学したものの、ろくに通うこともなく、クリスに強烈な想いを遺してその短い命を閉じた。
忌々しさを抱えながら、その建物に足を運ぶ。
大学もそうだったが、日本の学校というのは高校から、土足で授業を受けている。
大学ももちろん土足だったが、高校まで土足だということには、日本の学校について少しの予習をしていたアルノルドからしてみると意外なことだった。
靴から上履きと言われる別の室内履きに履き替えるとネットには書かれていたのに、案内の為に待機していた事務員に案内された校舎の中に入るなり、そのまま靴を履き替えることなく、校舎へ入って良いと言われたのだから、首を傾げる結果になった。
そのことをヴァルターが案内役の事務員に日本語で聞いてくれたのだが、
「今の高校は大抵の学校が土足なんですよ」
と答えられた。土足ではない学校もあるにはあるが、大体の学校は土足になっている、と説明された。
「教室によっては、土足厳禁な部屋もある」
程度のものらしい。クリスの家でもスリッパに履き替えているのに、不思議な文化だと思ったりする。
各教室では生徒達が授業を受けていて、クリスのいる『進学コース』の教室に近づくにつれ、発音の良い英語が聞こえてくる。アメリカ訛りはあるが、ネイティブには変わりない。後ろのドアの影に隠れて、授業風景を見ていると、相変わらずの鈍臭い格好からは想像出来ないほどのしっかりとした授業を行っている。
日本語の部分をヴァルターに通訳してもらうと、随分と乱暴な言葉遣いをしている事が解る。
本来、そんな汚い言葉を使うような人間ではない。それもカモフラージュなのかと思うと、クリスの『昂輝』のキャラ作りは徹底していたのだろう。
性格的に、いつかは破綻してしまうであろうそのキャラクターから早々に解放させてあげたいと思ってしまう。
本来は、人の顔色を伺うように育ってきた人間なのだから、図太さも持ち合わせているが、繊細な部分の方が多いことを知っているだけに、萩ノ宮の環境はクリスには向いていないのだと改めて思わされたような気がした。
当然、事件の後、クリスは未成年だったし、レディ・リリィも大事な時期でもあった。
彼女の旅行中に起きてしまった事件・・・死にかけた時の走馬灯は見えたのだろうか?
いくつもの心の傷を抱えたまま、異国の地での再出発としての生活は、何も知る人もいない理想的な環境のだとは思っていたが、アルノルドが考えているよりも、かなり過酷なものだったものだろう。
いくら、クリスが天才であったとしても、言葉も知らない国、通訳はいつもついてくれている訳では無い。知り合いもいなければ、身内すら関与をしてこない環境の中、自由ではあったが、反面不自由な面も多かっただろう。
それでも、アルノルドはまた、異国の地に連れて行こうとしている。それを罪とは思っていない。少なくとも一度、この国から逃げ出したことは事実だ。萩ノ宮の姓も名乗らせてもらえず、祖母の旧姓で学園に従事していること、父親の姉妹たちやその子供たちが、どうしようもないクズ共だったこと。
それなのに逃げ出さなかったのは、一縷の望みがあったからだ。それがミヨの存在なのだということが今ならわかる気がした。
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