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preparations 30

授業が終わるとガタガタと音がしたかと思えば、蜘蛛の子を散らしたように、生徒がゾロゾロと出てきて、壁に寄りかかるようにして講義室を覗き込んでいたアルノルドを見つけると、特に女子が騒ぎだした。 「……!!アルノルド・シュレイカー……?!」 音大系に進学希望の生徒には、アルノルドのことを知っている者も多く、男女問わず群がっている。美大、体育会系の子達も、見事なまでの光り輝く金髪翠眼に見蕩れている。ヴァルターが盾になっているものの、本人は生徒の方に向こうともしていない。視線は1点に向けられている。 教材に使ったものを簡潔に片付け、自分もそろそろ講義室を出ようと思うのだが、いつまで経っても、講義室の外のざわめきが遠のかないことを不思議に思った昂輝が廊下に出ると、2人の存在を確認した。普通の日本人よりもずば抜けて背丈のある2人は頭一つ分、抜きでていたからだ。 驚きすぎて、頭が真っ白になった。そしてでてきた言葉はそのまま、心の声が漏れただけの台詞だった。 「What are you doing in such a place?」 (こんなとこでなにしてるんだ?) 「Hey, Chris. I was waiting for you」 (やあ、クリス。君を待っていたんだ) 「Even though it stands out, what do you do」 (ただでさえ目立つのに、なにしてくれてんだ) 呆れ顔で声をかけてしまった。 「As well as you are not for teachers. It is wonderful when playing the piano」 (やっぱり君は教師向きじゃない。ピアノを弾いている時の方が素敵だ) 「Anyhow it is too conspicuous. Let's move place」 (とにかくここじゃ目立ちすぎる。場所を移そう) まるで話にならない会話を繰り返していても、変に目立つだけだ。 リアルな英会話を聞いていた生徒達が唖然とする中、リスニングに向けた授業をしているのだから、その内容を頭の中で日本語変換してるはずなのに、その会話の内容を理解しつつ、『クリスって誰?』『何故、ピアノ?』と小声で呟く者もいたり、不思議がる表情をしている。 ここでは、『植田昂輝』であり、『クリス』と呼ばれても誰を指しているのか、などわかるわけもないのだが、美丈夫な目の前の男がやっと口を開いて相手にして訴えかけているのが、先ほどまで教鞭をとっていた目の前の冴えない教師に、これ以上ないくらいの極上の笑顔で語りかけるのだ。それに、ここでピアノが弾けることを知られるのは、昂輝にとってもある意味困る。 ヒソヒソとアルノルドに耳打つ。 「It will not be a brilliant teacher, will not you? I do not want to be conspicuous」 (冴えない教師じゃなくなるだろ?目立つのは困るんだ) アルノルドは大袈裟にするように 「That's right. It was bad. Anyway, shall I ask you for a guide?」 (そうだったね。悪かったよ。とりあえず、君に案内を頼もうかな) ヴァルターは気の毒そうに昂輝を見て、昂輝は大きなため息をついて 「Are you seriously saying that? I do not have time to listen to jokes?」 (本気で言ってんのか?冗談を聞くほど暇じゃないんだが?) 昂輝は生徒達の方を向き、アルノルドを放置した形で、 「次の講義の時間まで、それほど時間がないぞ?ここに溜まってないでさっさと早く次の教室へ行け!!」 手をパンパンと叩いて生徒を追い払おうとしたが、矢継ぎ早に生徒の質問攻めにあう。 「先生、アルノルド・シュレイカーとお知り合いなんですか?」 「音楽関係も強いんですか?そういえば、軽音部の顧問でしたよね?」 「先生、知り合いなら紹介して!!」 「超、カッコイイんですけど?先生、独り占めは狡い!」 「先生、ピアノ弾けんの?」 ――あぁ、うるさい…… 「それに答える義務はない。理事長の関係で学校見学に来てるだけだ。オレはただの英語の先生だからな。」 「でも、帰国子女ですよね。二人の会話からして親しみを感じるんですけど?」 「オレはアメリカからの帰国子女に違いないが、彼はオーストリアだろう?それくらいの知識ぐらいしかない。それにお客様であるわけだから、失礼のないように!!」 「先生がそれを言うのは1番説得力ない」 誰かがいったこの言葉に全員が笑い出す。 ――ったく、なんなんだよ……面倒くさい…… 講義前の1度目のチャイムが鳴ると『ヤバっ』と言いながら生徒達は廊下を走り出す。 「授業を覗くのは悪いとは言わないけど、目立たないようにしてくれ…」 頬を染めるクリスの表情は長い前髪とメガネで見えないけれど、顎に手を添え上向かせると、困った表情が目に入る。その表情がやけに色っぽくてアルノルドはクリスに口付ける。最初こそ抵抗していたものの、その内に力が段々と抜けてしまい無抵抗の上、腰を抜かしてしまう。 「……今すぐにでも抱きたい……」 「……無理……まだ、仕事残ってる……終わらないとここ、辞められないぞ。」 ヴァルターは爆笑している。アルノルドの扱いが上手くなった、と言いながら。 不貞腐れた様子でアルノルドは、 「じゃ、終わるまで待とうじゃないか。」 どこで?とは聞くまでもなかった。

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