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第2話
女の勘は侮れない。類は内心苦笑しながら台本を広げ司に対して演出の注意点を説明する。
別れを切り出したのは司の方で、類はそれをただ受け入れた。ただひとつ類からは『別れても今までと変わらず司くんの演出をさせて欲しい』という条件を出した。司も当然そのつもりで、ふたりが別れたからといってそれに他の皆を巻き込む訳にはいかない。変わったのはふたりの間にあった名前が恋人ではなく元の通りの仲間に戻ったという事だけだった。
もしこれが司の妹やその友人たちのような可愛い女の子だったら別れたくないと泣いて縋るのだろう。そんな格好の悪いことは類にはできなかった。ただでさえリスクの高い関係、自分だけが想い続けていてもそれは司にとっての負担にしかならない。我ながら可愛くない性格だと分かりながらも類は去る司の手を掴んで引き留めることが出来なかった。
「火薬量が普段の1.2倍だから少しだけ注意が必要になるね。司くんくれぐれも油断しないで――」
類はハッとして司の顔を見る。
「ああ、分かった。お前の演出を信じているから心配は無い」
「――変更点はその位だよ。……だから、司くん」
「何だ?」
「……手、放してくれないかな?」
台本越しに司に掴まれた手は徐々に強く握られている気がした。類が指摘すると司は何の事かと考え、類が指摘する手元に視線を落とすが同時に不思議そうに首を傾げた。
「何故だろうな。放したくない」
司の手は類の手を掴んだまま腕力だけで類を自分の方へと引き寄せる。ぎちぎちと強まる痛みに類の手が悲鳴をあげ台本が無造作に地面へと落ちる。
ばさりと落ちたその音に寧々とえむも思わず視線を向けたが、生憎類の背中に全て隠れてしまっていて、司との間に何が起こっているのかは分からなかった。
「――『別れよう』って言ったのは司くんだろう?」
それなのに何を今更。事を荒立てる気にもならない。類はただ司の意志を尊重しただけだったのに、類からの条件も呑んだ司の行動としては類には理解が出来ないものだった。
「確かに。俺が類に『別れよう』って言ったんだ」
行動と会話が噛み合っていないちぐはぐさに類の中で警鐘が鳴った。理解できない司の言動に思考回路が機能を停止しそうだった。こんな事になるなら初めから司のことを好きになんてならなければ良かった。誰かのことを好きになるなんて気持ちを知らなければ、別れの言葉にここまで心が苦しくなることなんて絶対に無かった。
そして今再び司の口からあの時と同じ言葉を言われた類の涙腺は一気に緩み、類は喉の奥に力を込めて必死にそれを抑え付けた。
「だけど」
司のふたつの瞳がゆっくり類へと向けられる。無感情のような、怒っているかのようなその瞳に類は釘付けとなった。
「お前がそれをあっさり受け入れてしまうほど、俺のことを好きじゃなかったんだってことの方がショックだった」
「ッ――ふざけるな!!」
バシンッと乾いた音がステージ裏に響く。寧々とえむのふたりは何の口も挟めずに互いに手を握り合って狼狽える事しか出来なかった。
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