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1章 1ー1
1章
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21時、戸田正哉はスマートフォンをちらちらと見ながら自宅の最寄駅で電車を降りた。1週間の仕事を終え疲れているが、まだ気を抜くことができない。
1時間ほど前に送られてきた妹、絵里奈からのメッセージが気になっている。
まず“お兄ちゃんに会いたがってる人がいるから駅で待ってるね。”と送られてきた。それが誰なのか尋ねると、“西祥哉っていう人。お兄ちゃんの双子の弟だって。”と返ってきた。帰りの電車の中でそれを見た正哉はかなり困惑した。
自分に西祥哉という弟がいることは知っている。1歳の時に両親が離婚して自分は母と共に東京に残り、父と祥哉は長崎に引っ越したらしい。それ以来この36年間、正哉は実父とも実弟とも会っていない。
つまり正哉はその祥哉という弟のことを全く覚えていないのだ。それが何故今更になって、しかも妹の絵里奈と接触しているのか。
そもそも西祥哉を名乗るその男は本当に西祥哉本人なのだろうか。詐欺か何かじゃないか、妹はそんな得体の知れない男と一緒にいて大丈夫なのか、と疑念や不安が尽きない。
駅の改札口を抜ける正哉。金曜日の夜の駅は人がいつにも増して人が多いが、直ぐに見える場所に絵里奈はいた。
小柄で眼鏡をかけ、長袖のカットソーとスキニーパンツを着た髪の長い女性。正哉の7歳年下の絵里奈は今年で30歳だが、その容姿は一見するとまだ大学生くらいに見える。
「絵里奈!」
正哉が声をかけると彼女のは振り返り、ぱっと表情を明るくした。
「お兄ちゃん!」
手を振った彼女に正哉は駆け寄る。自分と隣にいる男を交互に見る彼に、絵里奈。
「おかえり」
「ああ、それで……」
正哉は妹の隣に立つ男を凝視した。それに応えるように男はニコリと笑う。
スーツ姿でいかにも営業マンという出立ちの自分と、田舎の工場から出てきたばかりのような格好をした彼とではまるで印象が違うが、確かに自分と瓜二つの顔だ、と正哉は思った。恐らく身長も同じだろう。体格もよく似ている。
男は正哉の方に一歩詰め寄る。
「あなたが戸田正哉さんですね?」
「は、はい……君は」
「西祥哉です。あなたの双子の弟」
自分と同じ声でそう告げる男。あまりにも非現実的な光景に正哉は目眩がした。
「…………本当に?」
正哉の震える唇から投げかけられた疑念。それでも祥哉の笑みは変わらない。
「本当かどうか確かめるのは難しいかも知れませんが、そっくりじゃないですか。僕達」
「そうですが……でも、どうして」
「ずっとあなたを探してたんですよ」
優しく微笑む祥哉の琥珀色の瞳に正哉は何かよくわからない恐怖を感じた。自分と同じ顔の男を見る事が初めての体験だからだろうか。
「探してた?」
「はい、もう見つからないと思ってました。……お母さんとは会えますか?」
そう尋ねる祥哉に、絵里奈が口を開く。
「お母さんもここの近くに住んでますよ。今日はもう遅いから、明日来たらどうですか?」
彼女の提案に、祥哉は頷く。
「わかりました。ではまた明日改めてここに来ます」
「はい! お母さんにも言っときます」
「いや、何を勝手に決めてるんだい」
自分の意に反して話しが進むので、慌てて正哉が口を挟む。
「母さんだって困るよ、こんな突然」
そういう正哉に、首を傾げる絵里奈。
「でもどうせ土日はよくお母さんの家行ってるし、お母さんも祥哉さんに会いたがると思うよ」
「そんなのわからないでしょ、大体まだ本当に私の兄弟なのかも……」
「どう見ても双子だと思うよ」
「絵里奈さん」
言い合う2人を見兼ねてか、祥哉が絵里奈に声をかけた。
「正哉さんもお疲れだと思いますし、僕はとりあえず帰ります。明日また来ますけど、もしご都合つかないようなら連絡してください」
「はい、じゃあ明日の11時にここでいいですか?」
「ええ、ありがとうございます」
どうやら2人は既に連絡先を教え合っているようだ。結局勝手に決められてしまった、と正哉はもう2人を止めるのは諦めて軽くため息を吐く。
「分かりました、祥哉さん。じゃあ明日は私も同行します」
正哉がそう言うと祥哉は表情を明るくした。
「そうですか、よかった。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、祥哉は踵を返して改札へと向かった。
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