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1章 6

6  日曜日、正哉は自宅のベッドの上で目を覚ました。カーテンの隙間から入る光が視界の端に入る。  いつもと同じ白い天井。スマートフォンを確認すると時刻は午前6時。いつも通りの時刻だ。  正哉が生活リズムを崩すことは滅多にない。仕事が休みの日でも仕事がある平日と同じ時間に起きる。  その朝の正哉は目を覚ましても暫く布団の中で動かずにいた。先日、双子の弟である祥哉と、このベッドでセックスをした。  祥哉には「少し前まで恋人がいた」と言うような趣旨の話をしたが、それは事実ではない。正哉には長いこと恋人はおらず、何人かのセックスフレンドを常にキープしている状態だ。  男とセックスをすることは、正哉にとって日常であり自然なことだ。相手とどれくらい心の距離があるかなど関係が無く、その時気持ち良ければそれでいい。大抵の相手は正哉と同じ考え方だし、正哉自身そういう相手を選ぶ。  得た快感でいえば、先日のセックスは最高レベルだった。体の相性というものなのだろうか。あの時の快感を思い出すとまた下半身が疼きそうだ。  しかし正哉は珍しく相手を間違えた、と思った。祥哉は遊び感覚でセックスができる男ではなかった。本気で正哉の心まで求めていた。  正哉は他人を愛することができない。正確には他人に完全に心を開き、他人を受け入れ、正面から向き合うことが難しい。  誰かを愛し受け入れ合うには必ず痛みを伴う。正哉は自分がその痛みを感じてまでも誰かを求めることができないと知っている。そこまで他人に興味がない。  相手に期待させないために、少しでも相手が恋愛感情を向けてくれば拒絶する。それは残酷だが正哉なりの優しさだ。  「…………祥哉、か」  自分と同じ顔をしている別の存在。似ているようで似ていない、不思議な男。彼の容姿にも性格にも正哉は心のどこかで惹かれていると自覚がある。  できることなら彼とはセックスもできる友達になりたかった。そもそも双子なのだから友達という関係もおかしいのかも知れない。言うならセックスもできる兄弟、だろうか。  今の心の距離感でいつも昨日のようなセックスができるなら最高だ、と正哉は思う。自分の考えの浅はかさに口元に笑みが浮かぶ。実際はそうなることはできなかったのだ。  正哉は上半身を起こした。いつまでもベッドの中にいてはいられない。  今日は妹の絵里奈の家に行くのだ。先週末は行かなかったのでそろそろ行って家事を手伝わなくてはならない。「手伝う」と言ってもいつも結局ほとんど正哉1人でやるのだが。  正哉は月に2~3回は絵里奈の家に行っている。そんなことをしているから彼女はいつまでも自立しないのだと母親のアンネッテは言うが、そう言う問題ではないと正哉は思う。  確かに絵里奈には自立してほしいが、彼女には発達障がいがあるのだ。ある程度は支えてやらねばならない部分がある。家族として見守ってやるのは当然のことではないのか────と、例え正哉がアンネッテに言ったとしても通じはしないだろう。彼女はそういう人間だ。  絵里奈とアンネッテは決して仲が悪いわけではない。一緒にいる時の2人は本当に仲の良い親子に見える。恐らく祥哉にもそう見えたはずだ。  しかし2人の心は通い合っていない。ただそうあらねばならないから表面上仲の良いフリをする。絵里奈の実父、直紀の生前から絵里奈とアンネッテはずっとそうしてきた。  家族の中で正哉と絵里奈だけが本当に心が通い合っていた。実の兄妹であるかのように。  ──悲しいの?  ──生きていたいと思えないのはいけないことなのかな。  いつの日かの絵里奈の声が正哉の脳裏に蘇る。  「君だけでいい……」  正哉にとって心を開き、真っ直ぐ向き合うことができるのは彼女だけだった。

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