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1章 7ー1

7  アパートの4階まで階段で登り、合鍵で妹の部屋に入った正哉は深い溜め息を吐いた。  2週間振りに様子を見に来た絵里奈の部屋は荒れている。  洗濯は1週間前からしていないのか、洗濯カゴに詰み込まれ溢れる衣類。更に部屋にも脱ぎ捨てた衣類が散らばっている。  台所の流しには大量に洗っていない皿やコップが置きっぱなしになっており、そこに置ききれなかったらしいコップがコンロの横にも並ぶ。  床は絵里奈のものであろう長い髪の毛だらけになっている。恐らく2週間前に正哉が来た時から1度も掃除機はかけていないのだろう。  そしてその部屋の主はもう午前11時だというのに未だ万年床でぐっすりと眠っている。朝から何度かスマートフォンでメッセージを送ったが返信が来なかったのはやはりこういうわけだ。  正哉は床に散らばった衣類やバッグ、本を避けながら彼女の真横に来た。  「絵里奈、起きて」  「…………ん……」  「もう昼だよ、起きて」  「う……? お兄ちゃん?」  漸く目を開いた絵里奈は、ぼんやりと自分を見下ろす正哉の顔を眺めていた。そして微笑を浮かべて口を開く。  「…………おはよう、お兄ちゃん」  「おそよう」  「今、何時?」  「11時だよ」  正哉の返答に絵里奈は呻き声を上げ、布団を頭から被った。  「あと3時間」  「馬鹿言わないの」  正哉は布団を掴んで捲った。絵里奈は小さく悲鳴を上げてうずくまる。  「意地悪」  「そんな寝てたらまた明日遅刻するでしょ。さっさと顔洗って着替えてきなよ。あと洗濯機回して」  「いっぺんに言わないでよー」  「大したこと言ってないと思うけど」  「意地悪ーー」  そう言いながらも絵里奈は起き上がり、床に転がっていたラベンダー色のフレームのメガネをかける。そしてフラフラと洗面所の方に向かって行った。  休日にわざわざ出向いて家事をしに来ているのに意地悪とは全く理不尽な言われようだ。そう頭の片隅で思いながら正哉は部屋の掃除を始めることにした。  手始めに流し台に溜まった食器を洗い始める。先に流し台の中とコンロ周りにあったグラスやマグカップだけまとめて洗う。茶渋が付着して取れなくなったコップが増えている。そろそろ時間を作ってこれもちゃんと綺麗に落とさなくてはならないだろう。  背後のドアが閉められた洗面所から洗濯機を回す音が聞こえて来た。絵里奈もちゃんと言われたことはやっているらしい。  絵里奈は液体の洗濯用洗剤を洗濯機に入れる時によく溢して手を汚す。一人暮らしを始めて3年ほど経っても普通にできるようにならなかったので、正哉は絵里奈に粉末タイプの洗剤を使わせてみた。しかしそれもよく溢して今度は床が洗剤だらけになった。そして床が粉末洗剤だらけになるなら手が汚れるだけの方がマシだと結局今は液体洗剤を使っている。  絵里奈は食器もよく割るし、カッターなどの刃物の扱いも下手だ。その手先の異常な不器用さも障がいによるものだと正哉が気付いたのは彼女が一人暮らしを始めてからだった。  コップ類を全て洗い終えたところで、小さな水切りラックはいっぱいになった。まだまだ洗っていない食器はあるのだが、正哉は暫くこれは放置して居間の方を掃除しようと考えた。  その時、真後ろのドアから着替えを終えたらしい絵里奈が出てきた。  「洗濯機回したよー」  そう言う彼女の両手に尻を掴まれ、突然のことに正哉は驚いて振り返った。  「わ、セクハラやめてよ」  「なんかいい尻があったから」  「はぁ?」  呆れた表情の正哉を尻目に、絵里奈は居間へと入って行った。  彼女はよく正哉にこういうことをする。彼女に決して性的な感情はないのだろうが、兄妹にしては些かスキンシップが過多ではないかと思うこともあった。

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