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1章 8
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『来週、絵里奈の家に行くんだって?』
正哉自分の家に帰りは散々悩んだ末、SNSで祥哉にそうメッセージを送った。
22時、寝る支度を終えた正哉はベッドの中でスマートフォンの画面を睨むように見ている。明日は月曜日で仕事があるのだからさっさと寝たいが、気になって眠ることなどできなくなった。
絵里奈に好きにしたらいいと言ったものの、彼女には悪いがどうしても何もせずにはいられない。
送ったメッセージにはすぐに既読マークが付き、返信が来た。
『そうだよ、日曜日に行く。絵里奈さんに聞いたの?』
感情の読めない文だ。正哉はすぐにメッセージを打ち込んだ。
『うん、絵里奈から聞いた。でもいきなり家に行くのはどうかと思うんだけど』
はっきりと自分が祥哉に絵里奈の家に行くなと言うのもおかしいと思い、正哉はそう送った。
またすぐに付く既読マーク。
『あなたの家にはすぐに行ったよ?』
そのメッセージに一人で溜め息を吐く正哉。ああそうだ、自分は祥哉をすぐに家に連れ込んだしセックスした。
『兄弟の家に行くのと、男が出会ったばっかりの女性の家に行くのは全然違うよ』
何とか冷静にそう返信した。セックスしてしまった時点で兄弟だから家に行っていいも何も無いのだが。
やはり既読マークはすぐに付き、返信が来た。
『じゃあ兄弟だったら出会ったばっかりでも家に連れ込んでセックスして終わったらさっさと追い出していいの?』
祥哉のその返信に正哉はスマートフォンを放り投げたくなった。
何だか非常に面倒な男と関係を持ってしまったようだ。つまり昨日のことを祥哉は怒ってるのではないか。
『君、私がしたことの腹いせに絵里奈をやり捨てるつもり?』
最早遠回しに探りを入れる必要など無さそうなのでそう送った。
祥哉は腹の探り合いとか駆け引きとかそういうものとは無縁の感性で生きているらしい。何となく分かってはいたがこのやり取りで正哉は確信した。
送ったメッセージに既読は直ぐについたが、先程までのように返事は早くなかった。
何か考えているのだろうか。早く終わらせて何も考えず寝たい。
5分ほどして突然祥哉から音声通話を求める着信が来た。驚きながらも正哉はそれに応答する。
「……はい」
『やあ』
「何で急に通話?」
『声が聞きたくなって』
祥哉の言葉に正哉は吐き気がした。何だその恋人に言うような台詞は。しかもつい昨日会って話したばかりではないか。
「…………で? 絵里奈をやり捨てるつもりなの?」
冷静に話を戻した正哉。祥哉が喉を鳴らす音が聞こえた。
『……そうかも、あなた次第だ』
一言、そう返ってきたが意味が分からず正哉は眉を眉間に寄せた。
一拍置いて祥哉は続ける。
『次の土曜日、あなたの家に行かせて。そしたら絵里奈さんの家には行くのはやめるよ』
目を見開く正哉。なんてことだ、こいつは想定よりかなりイカれてる。
祥哉は最初からこのつもりだったのだろうか。自分の気を引きたくて絵里奈に近づき、絵里奈を人質に再び自分とセックスしようとしている。
今まで性的関係を持った人間は危険な者もいたが、自分の気を引くために妹を使う人間は初めてだ。しかもそれが自分の双子の弟だなんて。
絵里奈は正哉にとってこの世の誰よりも、自分自身よりも大切な存在だ。その絵里奈をこんなことに使おうなど、絶対に許せない。
それで絵里奈に被害が及ばないなら自分は何度でもセックスくらいする。ただ祥哉の思惑通りになるのは癪だが仕方ない。
「……それは狡いなぁ。そんなにまた私とセックスしたいのかい?」
やっとのことで正哉はそう返した。
ふふ、と祥哉が笑うのが聞こえる。
『別にそれが目的じゃない。僕は正哉さんとちゃんと打ち解けたいだけだよ』
「逆効果だってわからない?」
『こうでも言わなきゃ、あなたは僕と向き合ってすらくれない』
祥哉の自分は何も悪いことをしていないと思っているかのような言い方がどこまでも正哉を苛立たせた。
「絵里奈に悪いと思わないの?」
『絵里奈さんは僕とセックスしてもいいと思ってると思うよ』
「ふざけないで。自意識過剰だし気持ち悪い」
正哉の口調が強くなった。
祥哉はどこまで絵里奈を馬鹿にするつもりだろう。絵里奈が自分の兄と同じ顔の男とセックスしてもいいなどと思っているわけがない。
彼がまた小さく笑うのが聞こえた。
『ふざけてないよ。正哉さんはどうしてそこまで絵里奈さんに執着するの?』
そんなことを祥哉に言われるとは思っていなかった正哉。それを言うなら何故祥哉は37年間会っていなかった自分にこんなに執着しているんだ。
「執着じゃない、心配なだけだよ。妹なんだから当たり前でしょ?」
『……いいな。僕もあなたにそれくらい想われたいよ。僕達も兄弟なのに』
祥哉が低くそう言い、正哉はぞっとした。彼は本気で言っているのだろうか。先週初めて会った双子の弟と27年間の付き合いがある妹では接し方も想いも違って当たり前ではないか。自分が祥哉のことを想う理由などない。
早くこの会話を終わらせなくては自分までおかしくなる。そう思い口を開く正哉。
「分かった、うちに来なよ。絵里奈には手を出さないで」
『本当に?!』
嬉しそうな祥哉の声。とことん彼は正哉を苛立たせる。それでも平静を装う正哉。
「本当だよ」
『ありがとう。土曜日、楽しみにしてるよ』
「うん」
おやすみ、と祥哉が言いかけたところで正哉は通話を切った。嬉しそうな彼の声を聴くのを1秒でも早く終わらせたかった。
通話を切ってすぐに「おやすみ」と祥哉からメッセージが届く。正哉はまたスマートフォンを放り投げたいのを我慢してそれをベッドサイドに置いた。
今日は苛立ちで寝付くのが遅くなりそうだ。それでも正哉は部屋の電気を消し、両目を閉じた。
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