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1章 9
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金曜日の20時、正哉は最寄駅から自宅に向かって歩く。今週の仕事を終え明日は休めるはずなのだが、今夜の正哉にその解放感はない。
明日、祥哉が自分の家に来る。日曜日の夜からずっとそのことばかり考えていた。
それを考えずにいられる仕事中の方がまだ楽だったので、今週は残業ばかりしていた。今夜は今週の中で1番早く帰ってきた。
祥哉は自分の家に来られれば満足なのか、それで妹の絵里奈から本当に離れてくれるのか、また明日彼とセックスするのか──そんなことばかりを考えていた。
何かで気を紛らわしたいが、家で酒を飲んで寝るくらいしか正哉にはその方法は思いつかない。
何度か過去にセックスした男達に連絡を取ろうかと考えた。セックスが1番気が紛れる。
しかしそれでまた自分の心まで求めてくる男が現れたらと思うと今はそんな危険を自ら冒したくなかった。
早足で家へと向かい、途中で寄ったコンビニで夕食を買い、アパートの前まで来た。そこでアパートの前の塀に男が寄りかかって立っているのが見え、正哉は足を止める。街灯があるとはいえ暗い夜道ではその男の顔は見えないが、正哉が来たことを察知したのか、彼は振り向いた。
「……マサさん?」
男がそう言い、その聞き覚えのある声に正哉は少し驚きながら唇を開く。
「リョウ君かい?」
正哉がそう言うと、彼は笑みを浮かべて正哉に近づいて来た。彼の身体からふわりと僅かに煙草の匂いがする。
近くまで来ると彼の容姿ははっきり見えてくる。明るい茶髪に薄く化粧をしている顔、洒落たスーツ姿の若い男。背は正哉より少し高く痩せている。片手には飲みかけの缶チューハイ。
「ああ、リョウだ。久しぶりマサさん、会えてよかった」
リョウと名乗った青年は笑みを浮かべて正哉の肩を叩いた。
正哉も微笑して彼の腕に手を添える。
「久しぶりだね。珍しいじゃないか」
「うん、今夜は久々にオフだったんであんたに会えるかと思って来てみたんだ」
「メッセージくれれば良かったのに」
「いや、約束をしてまで会いたいってわけじゃなかったから。……あんたもその方がいいだろ」
リョウはそう言って肩を竦めた。
笑みを深める正哉。リョウとは2年ほど前にゲイ向けの出会い系アプリで知り合った。お互いに本名も職業も知らない、こうしてたまに会うだけの仲だ。
職業を聞いていないとはいえ、リョウの出立ちから何となくわかる。恐らくキャバクラかガールズバーのボーイだろう。
いつも突然現れて、性行為が終わったらすぐいなくなる。決して深入りしてこないリョウ。今夜は完璧なタイミングで来てくれたなと正哉は思った。
「気を遣ってくれたのかな? ありがとう。家、入るでしょ?」
「いいのか?」
リョウが聞き返すので、自分の部屋の方に向かう正哉は彼を一瞥した。
「そのつもりで来たんじゃないの?」
正哉がスタスタと歩いて行くので、それについて行くリョウ。
「……まあ、そうだけど。今日は結構乗り気みたいだな。もしかしてあんたも俺に会いたかった?」
「うーん、そうかもね」
笑い混じりにそう言った正哉。部屋の鍵を開けてドアを引く。
彼の返事が意外だったのか、リョウは彼の顔をまじまじと見た。
「珍しい、本当に会いたいと思ってたのか」
「そんなこといいから、入って」
「あ、うん」
そしてリョウは正哉に誘い込まれるがままに、彼の部屋に入った。
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