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2章 2-1
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正哉と祥哉が訪れたのは正哉の家の最寄駅のすぐ近くにある小さな中華料理店だった。
店内は少々清潔感に欠くが、メニューの価格はどれも手頃だ。先に入店していた男性客に提供されている料理を見る限り、ボリュームもそれなりにある。
外国人と思われる少し言葉のイントネーションが変わった若い女性の店員に、「お好きなお席どうぞ」と言われた2人は入口近くのテーブル席に座った。客は正哉達で3組目のようだ。
「ここ、よく来るの?」
メニューを開きながら祥哉がそう尋ねると、正哉はテーブルに置かれた水を1口飲む。
「うん。最近はあんまり来なくなったけどね」
「何で?」
「天津飯が販売中止になってるから。あとちょっと価格が上がった。天津飯が好きで来てたのに」
「あー、卵高いからね。どこも物価が上がってて嫌になる。冬場の電気代、本当に高すぎてびっくりしたし」
2023年6月、鳥インフルエンザの流行の影響で卵の価格が高騰しているために卵を使ったメニューが販売停止になっている飲食店がよく見られるようになっている。そして資源価格の高騰や円安の影響によりあらゆる物価の高騰が続いている。
「最近もうこの国、終わっちゃってるなって思うよ。東日本大震災の時にも日本終わったなぁって思ったけど」
そう言う祥哉だが、東日本大震災は彼にとっては遠い世界の話だっただろう。長崎出身の彼には2016年の熊本地震や2005年の福岡県西方沖地震の方が印象にあるのではないか。それらも彼にとっては大して関心のないことだったのかも知れない、と正哉は少し笑った。
「国っていうか世界でしょ。今の物価の高騰は疫病とかロシアのウクライナ侵攻の影響が大きい」
「うーん、確かに」
話ながらもメニューを決め、店員を呼んだ2人。正哉は回鍋肉定食を、祥哉は酢豚定食を頼んだ。
正哉がまた1口水を飲む。
「まあ、リーマンショックの時もなんかこの国ってどうしようもないところまで来ちゃってんなって思ったけどさ」
「わ、懐かしい。僕達が20歳くらいの時?」
「22。内定早めに決まって卒論頑張るかって思ってた時にリーマンショックで内定取り消されて、それからまた必死に就活して大変だったんだよ」
「あー、なるほど。僕は高卒だし父さんの工場で働いてたからなぁ」
2008年のリーマンショックは正哉にとっては衝撃的な出来事だったが、祥哉にとっては遠い世界の話だったようだ。
生活する環境が違うと世界の大きな出来事も人によって大きく見え方が変わるものだと正哉は思う。自分の同い年くらいの人間でもリーマンショックというもの自体知らない者もいる。一体どんな世界に住んでいたらそうなるのか疑問なくらいだ。
「なんとか就職できたと思ったら今度は入院してた父さんが死んで、卒論もやらなきゃって時に色々バタバタしちゃてさ……」
「本当に大変な年だったんだね」
「そうだね。結局新卒で入社したところは仕事キツいし安月給だしですぐ辞めちゃった」
「それで今の仕事に?」
「うん、営業職なのは変わらないけれどね」
そこで料理が運ばれてきて、2人は付けていたマスクを外した。
2023年3月に屋内・屋外を問わず「着用するかどうかは個人の判断が基本となる」と厚生労働省が定めたが、6月の下旬となった今でも街を行く人の中にはマスクを着用している者は多くいる。正哉と祥哉も例に漏れず普段マスクを着用していた。
料理が来るまでに2人の近くの席に座った3人の女性客の中の1人が、マスクを外した2人を見て驚いた顔をした。顔を見て2人が双子だと気付いたのだろう。
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