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2章 3-2
「本気なの……?」
「私、お兄ちゃんのことも好きだよ。だからお兄ちゃんみたいな人といつか結婚できたらなって、ずっと思ってる。祥哉さんは、誰よりもお兄ちゃんに似てる」
「いや、それは顔だけでしょ?」
「違うって」
正哉の顔つきが険しくなる。その睨むような目つきが怖かったのか、絵里奈は戸惑いがちに唇を噤んだ。
正哉はその彫りの深い整った顔立ちのせいか、時々表情が怖く見える。物腰が柔らかいため普段は気にならないが、こういう時にはそれが際立つ。
2人の間に流れた沈黙を破るように店員が料理を運んできた。絵里奈の前にカレーが、正哉の前に唐揚げ定食が置かれる。
お盆の手前に置かれた割り箸を割りながら唇を開く正哉。
「何がそんなに似てるの?」
絵里奈に好きだと言われるのは嬉しいが、自分は祥哉と似ていないと思う。
尋ねられた絵里奈は、テーブルの上に置かれたケースの中からスプーンを出した状態で固まる。
「えっと……、優しいけどちょっと素っ気ないところ、とか。あとね、祥哉さんもお兄ちゃんと同じで甘いもの食べないの。それから……えっと、何だろ」
途中まで正哉の方を見ていた彼女の視線は、自分が持っているスプーンに落ちた。
「私が祥哉さんのこと好きなの、嫌なんだね……」
正哉は唐揚げ定食を食べ始めながら言う。
「私と似てるなら尚更やめといた方がいい」
「ほら、そういうところも似てる」
「は?」
「自分に自信がないところ、そっくり」
「…………」
何も返せず黙って味噌汁を飲んだ正哉。確かに自分は自己肯定感が低いが、祥哉もそうなのだろうか。しかしもし同じだとしても、それは少なくとも長所ではないだろう。
絵里奈もカレーを食べ始める。
「……お兄ちゃんはさ、私が恋愛しない方がいいって思ってる?」
「そんなことない。ただ、祥哉さんは違うと思うってだけ。私と似てるから好きなら、それは恋愛感情じゃないと思うし」
絵里奈の正哉への感情が兄妹愛ならば、祥哉への感情も恋愛でないことになるだろう。
「それは今はわからないけど、いつか誰かと一緒になるならそこに必ずしも恋愛感情がある必要はないって思わない?」
「……まあ、そうかもね。絵里奈は誰かと結婚したいの?」
「したいよ」
恋愛とか結婚というものは正哉にとっては自分の外の世界の話だ。そこに絵里奈が行きたがっているのは少し寂しい。当然、自分がとやかく言うことではないが。
カレーを食べる手を止める絵里奈。
「お兄ちゃんも、誰かと幸せになってほしい」
彼女の言葉に、正哉は酷く悲しくなった。誰かと生活を共にすることが幸せなのか。それがわからない。
「私は絵里奈が幸せならそれでいいし、今でも幸せだよ」
「そう……」
絵里奈は神妙な顔つきになる。正哉の返答が納得いかないようだ。しかしそれ以上は何も言わず再びカレーを食べ始めた。
最初からではないが、絵里奈は自分と同じ家庭に育ちながら何故結婚に憧れを抱くのだろう。何故恋愛をしたがるのだろう。
彼女と自分の違いが正哉にはとても辛い。彼女はいつまでも自分と共感できる存在であって欲しかった。もうそれは無理な話なのか、自分が他者と向き合えないのが問題なのか。
正哉の心は酷く掻き乱された。
「また祥哉さんと会うの?」
暫しの沈黙の後、正哉がそう尋ねると絵里奈は顔を上げる。
「うん、明日の夜」
「明日?」
「ここの近くで飲もうって先週話したから」
正哉の白米を口に運ぼうとしていた手が止まった。
「夜? 2人で飲みに行くの?」
「そうだよ」
明日──土曜日の夜、絵里奈の家の近くでもあるこの周辺で、2人で飲みに行くのか。
よく考えたら祥哉に「絵里奈の家には行かないしセックスもしない」と約束させたのは先週の日曜日に限った話なのかも知れない。だとしたら祥哉がどういうつもりで絵里奈と飲みに行こうとしているか明白だ。
「…………よく、考えた方がいいんじゃない?」
そう言った正哉の声は少し震えていた。流石に絵里奈にもそれがどういう意味かくらいはわかるだろう。
「考えてるよ。お兄ちゃん、私のことまた子供扱いしてる」
不機嫌そうにそう言った彼女。2週間前も同じことで言い合いになったのに、また同じことをしようとしている。
「ごめん、でもやっぱり心配で」
「…………うん。もう祥哉さんの話はやめよ」
ついに絵里奈はそう言った。祥哉が現れてから彼女とちゃんと会話できていないな、と正哉は感じていた。何故か彼女に意中の男ができるといつもこうなってしまう。
「そうだね。やめよう」
正哉の同意を得ると絵里奈は微笑んだ。
それから2人は食事をしながら久々に他愛無い話をした。仕事のこと、友人のこと、絵里奈がいつもプレイしているソーシャルゲームのこと。絵里奈は楽しそうだった。
正哉は彼女と話しながら、頭の片隅で考えていた────どうやって祥哉を絵里奈から引き離そうか、と。
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